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09/14のツイートまとめ

yamamoto7hei

⑭われわれには「エネルギーのオアシス」はすでに奪取され、その配分を受けられるのは、余剰がある間だけだという明確な意識はないが、この意識をもたないのはわれわれだけのように見える。
09-14 08:12

⑮だがそういう態度は、われわれには現実的なのであろう。オイル・ショック以来、日本人は現実的になったと言われる。だがその現実的態度が果たして世界に通用する現実なのか、もう一度検討する必要があるであろう。
09-14 08:42

■山本七平botまとめ/資源問題に対する日本人の「現実的」態度は世界に通用するのか?https://t.co/eLVcowTy6x
09-14 09:12

①【孔子曰く…父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直(なお)きこと其の中に在り】『論語』子路第十三――これは私的信義という面で、渡部昇一氏も取りあげられたが、ここではこれを、一応、旧約聖書の次の言葉との対比で取り上げてみよう。<『「空気」の研究』
09-14 09:42

②主は言われる。【その時、彼らはもはや『父がすっぱいぶどうを食べたので、子どもの歯がうく』とは言わない。すっぱいぶどうを食べる人(だけが)みな(等しく)、その歯がうき、人はめいめい自分の罪で死ぬ】――『エレミヤ書』三一28―30
09-14 10:12

③有名なこのエレミヤの言葉を「人類最初の”個人主義”宣言」だと言う人もいる。エレミヤは紀元前六百年ごろ活躍した人だから、孔子より二百年近く昔の人。両者とも実に古くかつ長く広く、人びとの考え方の基本を律してきた。
09-14 10:42

④というのはイエスに最も強い影響を与えた先人の一人はエレミヤで、その思想は聖書全般に影響を与えているからである。同じ様に孔子とその後継者の直接的・間接的な影響の絶対性は、彼が徳川期の日本において”聖人”と呼ばれ、その教えが”聖人の教え”といわれた点から見ても異論の余地はあるまい。
09-14 11:12

⑤そしてこういう長い伝統が、それぞれの民族の下意識的部分を拘束しているという点では、彼らも我々も差はない。わずか三十年でヨーロッパ人を孔子→日本的儒教の伝統的規範で律する事が不可能なら、同じようにわずか三十年で、日本人をエレミヤ→イエス的規範で律する事も不可能な筈である。
09-14 11:42

⑥そしてこういう差は国際的な共通項をもつ事件が出現するとよく判る。「親がすっぱい葡萄を食べたから、子の歯が浮く」と考える事を、伝統的に神の戒命に反する罪として禁じられた者は「親が黒いピーナッツを食べたから、子の歯が染まる」と考え、この考え方に基づいて反射的に行動する事はできない。
09-14 12:12

⑦従って丸紅の社員の子供を排斥するなどとは考えられぬこと、まして、この排斥への批判に対して「そういうふうに社会を学ぶことにも意味がある」といった弁護的な投書が新聞に出る気づかいはない。人はそれぞれ「自分の非で死ぬ」のであって、親子といえども無関係なのである。
09-14 12:42

⑧まして、丸紅の一被雇用者であり、同じ労働者である者の耳に、同じ労働者が拡声器をあてて大声を出し、その鼓膜を痛めて医者に通わすなどということはありえない。これでは資本家対労働者という図式を労働者自身が信じていないことになり、(続
09-14 13:12

⑨続>「重役が黒いピーナッツを食べると社員の鼓膜がやぶれると、今なお言える」であって、個人主義的倫理という点から見れば、二千六百年前に聖書が否定した「罪九族に及ぶ」を、更に更に拡大解釈し、一会社を一家族と見てそれを実施している、原始未開の人間ということになってしまう。
09-14 13:42

⑩何か事件があるとその親が写真まで添えられて新聞に登場する。そしてその親に向って「国民に土下座をしろ」等という投書が…載ったり、親が首を括ったりする。「子がすっぱい葡萄を食べたら親の歯が浮く」に等しく「子供が浅間山荘にこもったら親が自殺するとは、もはやいえない」社会ではない。
09-14 14:12

⑪我々の社会は一蓮托生”罪九族に及ぶ”がさらに拡大された連帯責任の社会、いわば集団倫理の社会、これが日本的情況倫理の基盤になっており、共産党はその最先端を行っているのだから、この基盤がある限り変革はあり得ない。
09-14 14:42

⑫今まで記したことを、日本的儒教倫理の側からもう一度言うと、「わが社の直き者はエレミヤと異なり、社長が黒いピーナッツを食べても重役は社長のために隠し、重役が黒いピーナッツを食べても社長は重役のために隠す。直きことその中にあり」であって、これが正義・真実なわけである。
09-14 15:12

⑬従って証人に呼ばれて「知りません」「存じません」「記億にありません」というのは、事実ではなくともその中にこそ真実があり、それができる者が左右を問わず「真実の人」なのであって、よくも悪くも我々の社会はそれで成り立っており、徳川時代は勿論三十年前まではこれが公然の規範であった。
09-14 15:42

⑭この規範は、当然に連帯責任となる。従って、丸紅の重役の規範も、一見これを非難しているかに見える労組員の拡声器も子供の排斥も、実は、我々が潜在的にもっている日本的儒教的規範から出ているのであり、考えてみれば、それが当然であって、それをしない者はむしろ例外者である。
09-14 16:12

⑮少なくとも教百年の間に培われた伝統的規範が、三十年で一変するわけはないし、本当に一変したら日本の社会は崩壊してしまうから、それを非難しても、その規範から誰も脱し得ない。そして非難も実はその規範に基づいているのである。
09-14 16:42

⑯従って社会は、この「拡声器・労組員たち」が丸紅の重役と全く同じ規範で行勤しても少しも不思議に思わない。というのは、そういう行為は誰がやったのかと質問しても、全員が「父は子のために隠し、子は父のために隠し」で「知りません」…で絶対に本人が出て来ないのが普通だからである。
09-14 17:12

⑰そしてもし「父が拡声器に口を当てようと子が口を開くわけではない」の原則に立って、子が、すなわち下部組織内の人間が事実を口にすれば、それは「真実・正義」のなき者、いわば不徳義の嘘つきとして、追放され処罰されるにきまっており、例をあげろといえば、いくらでもある。
09-14 17:42

⑱このようにこの点に関する限り、右も左も資本家の側も労働者の側も変りはない。従って共産党も例外でなくて当然だから、共産党のリンチ事件に対する態度が「父は子のために隠し、子は父のために隠す。直(なお)きことその中にあり」であって当然である。
09-14 18:12

⑲そして当然であるからこそ、「父は子のために”ノゾキ見”を否定し、子は父のために”ノゾキ見”を否定し、直(なお)きことその中にあり」である。第一、丸紅であれ、共産党であれ、新聞社であれ、そうでなければ秩序が成り立たない。
09-14 18:42

⑳この場合、エレミヤのような態度をとれば、それは「直(なお)きこと」なき者であり、すなわち嘘つき、悪人であってこれまた当然である。そしてこの点において、共産党は最も正確に伝統的倫理を守っている実に立派な保守党であり、それはあらゆる面に表われている。
09-14 19:12

㉑いわゆる京都の”赤いピーナッツ”なる事件が起った時の共産党の態度もまさにそれで「…唯一の根拠とする金井社長発言は単なる立ち話にすぎず、何ら信頼できるものではない。…党議員団はこの問題と無関係である」「黒い噂は事実無根。灘井氏は潔白。悪質な謀略だ」と声明している。
09-14 19:42

㉒いわば、「本人の資質だ」「腐敗は灘井個人のものだ」で、簡単にいえば親にふさわしからぬ「不肖の息子」として勘当し、父子の縁を切ることによって、一切の決着がつくのである。
09-14 20:12

㉓そしてこの原則は「親」の場合は「隠居」ということになるわけで、丸紅も全日空も大体共産党と同じ原則で「一件落着」となったわけであろう。
09-14 20:42

㉔だが、鎖国時代ならいざ知らず、近代社会ではこの行き方では何としても解決できない問題が出て来るわけで、それが端的に出て来るのが「公害問題」(「公害問題」であって「公害」ではない)や外交問題なのだが、これについては後述するとして、まずこの考え方の”原点”にもどってみよう。
09-14 21:12

■山本七平botまとめ/「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直(なお)きこと其の中に在る」日本社会https://t.co/DONim5pHqB
09-14 21:42

①…中国思想について私は何も知らないが、専門家によると、この日本的儒教思想と中国思想は根本的に違うという。その説明を聞いて、その上で孔子のことを考えると、確かに彼の生き方は日本的ではない。<『「空気」の研究』
09-14 22:12

②彼(註:孔子)にとって「父と子の倫理」は文字通りの父子の倫理だったのであろう。というのは、彼は、同時代の諸侯に対しては、絶対にそういった態度をとっていないからである。
09-14 22:42

③その生き方は、終身雇用と会社への帰属もしくは組織への忠誠を絶対視する現代の日本人より、自分を認め、自分のプランを採用してその実施を一任してくれる組織を自ら選ぶアメリカのエグゼクティブに似ており、それを近代的というなら、孔子の方がいまの日本人より近代的である。
09-14 23:12

④彼は、自分を正しく評価した上で自分を招聘してくれる諸侯(大企業?)を求めて、広い中国を歩き回るのを当然と考えた。そして両者の関係は、日本的・臣従的雇用というより、むしろ対等の契約関係に近く、招聘者が契約通りに彼を用いなかった場合、そこを去ることを彼は当然のことと考えていた。
09-14 23:42

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