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09/09のツイートまとめ

yamamoto7hei

㉙それはよくわからないが、高野山と同じなら「合点〔がってん〕」という方式をとったものと思われる。この「がってん」という言葉は今も使われ、芝居の台詞などにも登場し「わかった」「承諾した」の意味に使われるが、元来は小人数の表決の結果すなわち「点の合計」を意味する言葉であった。
09-09 08:12

㉚勝俣鎮夫氏の『一揆』に、やや後代のものだが、典型的な「合点状」として弘和四年(1384年)の高野山違犯衆〔いぼんしゅう〕起請文が挙げられている。
09-09 08:42

㉛年貢を滞納した荘官罷免に関する評定で、公正に投票することを神に誓約し、その起請文の余白に「荘官罷免」または「罷免せず年貢取り立て」の二つの投票課題を記し、それぞれの余白に投票者が短い線を引くという方法をとっている。
09-09 09:12

㉜どんなルールで線を引いたのかは明らかではないが「線」は元来秘密投票の為だから、一人一人が立っていって、見えない場所で線を引き、もとの座にもどるという方式をとったものと思われる。
09-09 09:42

㉝この起請文では線が前者が41、後者が23だから、荘官は罷免されたわけである。これが「合点」で、ここから後代の「がってんだ」が生まれたものと思われる。これが「多語毘尼〔たごびに〕」の秘密投票であろう。
09-09 10:12

①【多数決は神意の現われ】現代では「多数が賛成したから正しいとはいえない」という議論がある。新聞などにもしばしば現われる議論で、前記の「合点状」でも、41対23だから41の方が正しい決定とは、必ずしもいえないだろう。<『日本人とは何か(上)』
09-09 10:42

②ではなぜそれが、反対23を含めて全員の決定とされるのか。実をいうと「多数が賛成したから正しいとはいえない」という前記の言葉は、多数決原理発生の原因を忘れてしまった議論なのである。
09-09 11:12

③この原理を採用した多くの民族において、それは「神慮」や「神意」を問う方式だった。面白いことにこの点では日本もヨーロッパも変わらない。古代の人々は、将来に対してどういう決定を行なってよいかわからぬ重大な時には、その集団の全員が神に祈って神意を問うた。
09-09 11:42

④そして評決をする。すると多数決に神意が現われると信じたのである。これは宗教的信仰だから合理的説明はできないが「神意」が現われたら、それが全員を拘束するのは当然である。これがルール化され、多数決以外で神意を問うてはならない、となる。
09-09 12:12

⑤そしてこれはあくまでも神意を問うのだから「親が…、親類が…、師匠が…」といったようなこの世の縁に動かされてはならない。それをすれば「親の意向…、親類の意向…、師匠の意向…」を問うことになってしまうから、神意は現われてくれない。
09-09 12:42

⑥もちろん賄賂などで動かされれば、これは赦〔ゆる〕すべからざる神聖冒瀆〔ぼうとく〕になる。これらは日本でも厳しく禁じられている。そして延暦寺の異形・異声とか、高野山の「合点」とかは、こういう考え方の現われである。恐らく異形・異声になった時、別人格となったのであろう。
09-09 13:12

⑦このような信仰に基づけば、多数決に現われたのは「神慮」「神意」だから当然に全員を拘束し、これに違反することは許されない。多くの国での多数決原理の発生は、以上のような宗教性に基づくものであって、「多くの人が賛成したから正しい」という「数の論理」ではない。
09-09 13:42

⑧コンクラーベという教皇の選挙は、今では多くの人に知られている。だがこれは決して枢機卿が教皇を選出するのではなく、祈りつつ行われる投票の結果に神意が現われるのだという。従って教皇は神の意志で教皇となったので、「当選御礼」などを枢機卿にする必要はない。
09-09 14:12

⑨時には自分に投票してくれた人に最も厳しい人事をするが、これは行なって不思議ではない、という話をカトリックの人から聞いた。最も「教皇選出の神学」といった資料を読んだ事もなく、そういう資料の有無も知らないから詳しい事はわからない。しかし一般に以上のように信じられているらしい。
09-09 14:42

⑩ユダヤ教徒にも興味深い伝統があり、これは『タルムード』に載っている。ユダヤ教徒の場合、旧約聖書の『モーセ五書』は神との契約だから、これを変えることはできない。
09-09 15:12

⑪しかし世の中は変化するから、『五書』に規定されていないことも出現すれば、『五書』の規定を文字通りには実行できない場合がある。そして『五書』のほかに口伝律法〔オーラル・ロー〕があり、これは『ミシュナ』に集録されている。後代のものとはいえ編纂が紀元220年である。
09-09 15:42

⑫彼らは『五書』を法規〔ハラハー〕と説話〔ハガダー〕に分け、この法規に関する限り、新しい事態のために、新しい解釈をすることができるようになっている。これを行うのがサンヘドリンで、その成員の多数決で新しい解釈が採択される。
09-09 16:12

⑬『タルムード』には面白い話がある。あるラビが新しい解釈を提案したが否決されてしまった。そこで彼は自分の解釈はあくまでも正しいと主張し、その証拠に奇蹟を行なって見せるといい、本当に奇蹟を行なった上で再び評決に付したが、また否決されてしまった。
09-09 16:42

⑭すると彼は天に向かって大声で「神よ、私の正しいことを証明して下さい」といった。すると天から「みな、何をつまらぬことを議論しているのか、彼の提案は正しいではないか」という声がした。そこで評決に付したが、また否決されてしまった。
09-09 17:12

⑮神の声を無視したとは面白い説話だが、これは神意は多数決を通してのみ現われるのであって、それ以外には現われない、ということである。これを今日的にいえば「私は神のお告げを受けた、故に私の提案は正しい」といった神がかり的主張は一切認められず、方法は多数決のみということである。
09-09 17:42

⑯以上に共通する考え方は、多数決は神意の現われだから絶対だという考え方で、「多数が賛成したから正しい」と考えているわけではない。
09-09 18:12

⑰ただ神意・神慮を問うのだから、自己の良心のみに従って投票しなければならないという考え方と、そのためのさまざまなルールは、何ものにも拘束されない議決を生み出したことは事実であろう。
09-09 18:42

⑱そしてさまざまな「縁」を断ち切った「出家」が、神という絶対者を前にしたとき、この方式が最も採用しやすかったのも事実であろう。この行き方は確かに民主主義の基にはなりうるが、問題はそれが寺院内に限定されたか、その枠をやぶって一般世俗社会の規範になり得たか、という問題がある。
09-09 19:12

⑲確かに氏族制や大家族の社会では一般化しにくい。まして平安時代は「閥族時代」といわれるほど「閥」がすべての決定の基本になっている。ではそれがどう発展して行ったのか。だがそれを問う前に、別の問題に触れねばならない。
09-09 19:42

⑳というのは当時の大寺院がこれを行なった場合、当然に問題が起こる。というのは、延暦寺や南都の大寺は、前述のように元来は「鎮護国家」を祈願する寺で、その僧は今でいえば「国家公務員」、当然に朝廷の命令に従わねばならない。
09-09 20:12

㉑では、満寺集会の議決の「僉議〔せんぎ〕事書」や「列参事書」の内容が、朝廷の方針と違って、両者が真っ向から対立したらどうなるか。一方は「神意」、一方は「天皇=律令」の規定である。
09-09 20:42

㉒この関係は白河法皇(院政=1086~1129年)の余りに有名な「賀茂川の水、双六〔すごろく〕の賽〔さい〕、山法師、これぞ朕が心に随〔したが〕わぬ者」に現れている。院政最盛時の白河法皇がどうにもできないなら、他の者にはどうにもならなくて不思議ではない。
09-09 21:12

㉓もちろん、満寺集会の議決が寺内に限定されるのなら問題はないが、当時の大寺院は多くの荘園をもつ政治勢力であり、それが満寺集会の議決を絶対的な「神慮」として政治的要求をつきつけて来てはたまらない。当時の人間には神罰・仏罰という意識があるから、何ともできないのである。
09-09 21:42

㉔彼らは「噭訴〔ごうそ〕(強訴)」という方法をとった。有名なのは延暦寺と興福寺だが、先鞭をつけたのは熊野の大衆で、彼らは神輿を奉じて白河天皇の永保二年(1082年)に入洛して強訴した。
09-09 22:12

㉕これに刺激され興福寺の衆徒が、榊〔さかき〕の数枝に鏡をつけた春日神社の神木を先頭に押し立てて入洛強訴した。春日神社は藤原氏の氏神なので、これが来ると藤原一族は神罰を恐れて出仕しない。こうなるとすべての政務がストップするから、否応なく彼らの要求に応じざるを得ない。
09-09 22:42

㉖もしもこの際、藤原一族の誰かが興福寺に不利な事をしたら大変で、すぐ「放氏」されてしまう。今から考えるとおかしな話だが、興福寺の大衆が春日神社の神すなわち藤原氏の祖神にその者を告発して「氏」から追放してしまう。そこで「放氏」といわれるが、これは後代の勘当に相当するだろう。
09-09 23:12

㉗これをされると社会的身分の全てを失うから家で謹慎閉門して、お赦しを待つ以外に方法がなくなる。この手段があるから要求は全て通る。延暦寺はこれを見て、堀河天皇(白河法皇の院政中)の嘉保二年(1095年)、荘園の事で美濃守源義綱と争い、日吉〔ひえ〕の神輿を山上中堂に遷〔うつ〕した。
09-09 23:42

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