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01/13のツイートまとめ

yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性①】/一種の無責任体制となってしまった日本軍/~合理的な組織である筈の日本軍が抱えていた不合理性とは~https://t.co/jsOeahbeXR
01-13 00:00

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性②】/日本軍が常識や実生活から遊離した組織となってしまった理由とは/~輸入された組織が陥る「ものまね」の陥穽~https://t.co/lmSjIlPBPj
01-13 00:10

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性③】/日本人の気質にマッチしない”ものまね”組織/~輸入した合理的組織が硬直化し、非合理化してしまう理由~https://t.co/Q4t2sHzSbw
01-13 00:20

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性④】/戦犯容疑者収容所の日本人捕虜集団が暴力支配に陥った理由とは/~”ものまね”組織の崩壊が自己の伝統的秩序すら打ち壊す~https://t.co/tTPsrDktSg
01-13 00:30

■山本七平botまとめ/われわれは、北条政子や徳川家康が抱いたような危機感を持って「守文」を考えているだろうか?/~守文(維持的発展)は「創業の精神に立ち戻ること」ではない~https://t.co/EYc7MfvXof
01-13 00:40

■山本七平botまとめ/【表現の本質】/”無農薬野菜”表示のような「電気なし生活」をPRした原発反対運動の茶番https://t.co/BkGzNmUCKM
01-13 00:50

■山本七平botまとめ/【感覚の違いを旅に学ぶ】/理屈ではどうにもならない「異質の感覚」と共生した経験のない同質民族の日本人https://t.co/YgWOrfEgAS
01-13 01:00

■山本七平botまとめ/【知の沈黙の時代】/専門家の口が封じられ、「雑識をつめこんだ幼児」の幼稚な意見が幅を利かす日本社会https://t.co/p3ba27m8H1
01-13 01:10

■山本七平botまとめ/【原則は簡単です】/この世で、書かれたもののうち、一番恐ろしい害悪を及ぼすのは「虚偽」ではなく「一部を作為的に欠落させた事実の提示」である。https://t.co/awARGN3c1A
01-13 01:20

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観①】/「事件を事件として」処理する能力が、今の日本人にあるだろうか?https://t.co/7CedGfiYzj
01-13 01:30

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観②】/「平和憲法」を”占領手段として”利用したマッカーサー/~自己との苦しい戦いを回避して、安易な選択(戦争)を選び、滅亡した日本~https://t.co/UQDB6nWd5w
01-13 01:40

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観③】/役に立たなかった大日本帝国陸海軍https://t.co/yJS0Vqo58t
01-13 01:50

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観④】/「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」の議論が区別できない”日本的思考”/~「食糧・燃料を含めた軍備」なき立場の日本人が思考を取り戻す為にすべき事とは~https://t.co/QIDmIdR1oE
01-13 02:00

■山本七平botまとめ/消費税には反対できても、産油国から科される石油消費税には逆らえない日本/~日本人が空気の如く当然としている「国際環境」を崩壊させかねないエネルギー問題~https://t.co/YVORDKm3JS
01-13 02:10

⑧「『空気』の研究」とともに、これまで記してきたことは、一言でいえば日本における拘束の原理の解明である。ある状態で、人は何に拘束されて自由を失うのか?なぜ自由な思考とそれに基づく自由な発言ができないのか。
01-13 08:12

⑨そしてその状態にありながら、なぜ「現在の日本には自由が多すぎる」といえるのか。なぜ「譲れる自由」と「譲れない自由」といったおそらく世界の「自由」という概念に類例のない、まことに不自由な分類が出てくるのか。
01-13 08:42

⑩それはおそらくわれわれが、「空気拘束的通常性」の中の、どこに「自由」という概念を置いてよいかわからないからであろう。確かに、こういう状態で「自由」という言葉を口にすれば、正直な人は笑い出すだけである。
01-13 09:12

⑪…確かに、”空気”の拘束、情況の拘束、一教師・オール3生徒・一君万民の拘束、父と子の隠し合いの真実の拘束、それらの通常性的拘束で秩序が成り立っている社会で「自由」という言葉を口にしたら、正直者は笑い出すであろう。
01-13 09:42

⑫その笑いは、劇場の中で場違いな言葉を口にした者への笑いであるとともに、一種自嘲的な笑いのはずである。そして次の瞬間、自由→自由主義→資本主義という図式で、これを否定し、消去し去るのは、上記の拘束のことを思えば、一面、当然のこととも思う。
01-13 10:12

⑬戦後の一時期、流行のように口にされた「自由」はたえず「水」を差され、結局、実質的には徐々に消し去られ、それへの暴発的破壊的抵抗は、前にも記したように、逆に、伝統的文化的規範を強める方向にしか作用しない。そしてそれは結局、過去に歩いた道の外装が変っているにすぎない。
01-13 10:42

⑭ではどうしたら良いのか。三十年前にやったのと同じような、また新しく臨在感的把握の対象を右や左や先進国や後進国に求め、それへ向きを変える形で回心(コンバージョン)を行ない、それによって現在の呪縛的拘束を断ち切り、それを悪魔化し断罪する事によって自由と解放が来たと一時的に信じ込み、
01-13 11:12

⑮それで、醸成する空気のブーム現象を通常性的に継続させ、それを秩序と化そうとするのか。この行き方も、部分的には試みられ、さまざまな事件も生み、マスコミの論調は、おそらく、それを執筆している人も明確な意識をもたないままに、この方向に進んでいるであろう。
01-13 11:42

⑯おそらくこれ以外の行き方は空想もできないのであろうが、結局この行き方は、明治以来の行き方の延長であり、それは何も新しいものを生み出さない。
01-13 12:12

⑰明治以来、前述の行き方を繰り返しつつ、われわれは何一つとして創造的な思想も体系も体制も生み出さなかった。前記の投書者も含めて、われわれは何かを忘れていた。
01-13 12:42

⑱それは、新しく何かを生み出すものは、前記のようなあらゆる拘束を断ち切った「自由」すなわち「自由なる思考」だけであり、それがなければわれわれは、常に、情況を設定する既存の対象を臨在感的に把握して、それとの関係で自らを規定する以外に方法がないこと。
01-13 13:12

⑲そして将来へ向ってのその発想は常に、この投書者の如く「…その趨勢は避けられない」という形の宿命論的盲従しか生み出さないこと。それを忘れて、自由を笑殺していたわけである。自由(リベルテ)という概念はもちろん、自由主義よりも資本主義よりも古く、その原意は解放奴隷である。
01-13 13:42

⑳そして人が何かに追随して最高のエネルギーを発揮するには、確かに、あらゆる拘束でその人の思考を縛っておくことが、最も能率的であり、たとえその呪縛が虚構でも、大きな「力」となる。これは否定できず、その状態は「自由」と「模索」から見れば奇跡的能率をあげうる。
01-13 14:12

㉑しかし人が何かを全く新しく創造しうるには、その人の思考をあらゆる拘束から解き放って自由にしておく以外に方法がない。我々は確かに「世界の趨勢」を追っかけて来たし、これが「趨勢だ」で全てが済んだ時代には「自由」は「不能率」の同義語として笑殺してよかったし、その方が問題が少なかった。
01-13 14:42

㉒ただ、この方法が通用しない位置に達したとき、その「何かの力」は方向を失い、新しい臨在感的把握の対象を求めていたづらに右往左往し、衝突し、狂躁状態を現出して、自らの「力」を破壊的にしか作用し得なくなって当然である。
01-13 15:12

㉓その力は破滅と知りつつ外部に突出もしようし、内部的混乱で自壊することもあろう。そしてその時にそれから脱却しうる唯一の道は、前述のあらゆる拘束を自らの意志で断ち切った「思考の自由」と、それに基づく模索だけである。
01-13 15:42

㉔――まず”空気”から脱却し、通常性的規範から脱し、「自由」になること。この結論は、誰が「思わず笑い出そう」と、それしか方法はない。そしてそれを行ないうる前提は、一体全体、自分の精神を拘束しているものが何なのか、それを徹底的に探究することであり、全てはここに始まる。
01-13 16:12

㉕そしてその経過を最もよく示しているのが改革者のルターである。近代社会はある意味では彼とともに始まっており、そしてその改革は、自己の精神を伝統的に無意識のうちに拘束し、それが知らず知らずのうちに通常性になっているものを探究し、その拘束を断ち切ることにあった。
01-13 16:42

㉖新しい自らの改革とは、その作業なしにはあり得ない。もっとも「改革」と自称する既存の対象を「趨勢」という宿命論の下に臨在感的に把握し追随する事によって新たな回心を求めるなら別だが、(続
01-13 17:12

㉗続>それは実質的には自らの位置を動かずに「頭を回らして」新規の対象を追うだけのことで、何の進歩でも改革でもありえない。ではここで「空気」と「水」と「自由」の関係を振り返ってみよう。
01-13 17:42

①ここまで読まれた読者は、戦後の一時期われわれが盛んに口にした「自由」とは何であったかを、すでに推察されたことと思う。それは「水を差す自由」の意味であり、これがなかったために、日本はあの破滅を招いたという反省である。<「『空気』の研究」
01-13 18:12

②従って今振りかえれば、戦争直後「軍部に抵抗した人」として英雄視された多くの人は、勇敢にも当時の「空気」に「水を差した人」だったことに気づくであろう。従って「英雄」は必ずしも「平和主義者」だったわけではなく″主義″はこの行為とは無関係であって不思議でない。
01-13 18:42

③「竹槍戦術」を批判した英雄は、「竹槍で醸成された空気」に「それはB29にとどかない」という「事実」を口にしただけである。
01-13 19:12

④これは最初に記した「先立つものがネェなあ」と同じで、その「空気」を一瞬で雲散霧消してしまう「水」だから、たとえ本人がそれを正しい意味の軍国主義の立場から口にしても、その行為は非国民とされて不思議でないわけである。
01-13 19:42

⑤これは舞台の女形を指さして「男だ」と言うようなものだから、劇場の外へ退席させざるを得ない。そしてこれらの言葉=水の背後にあるものは、その人も言われている人も含めての、通常性的行動を指している訳だから、この言葉は嘘偽りではなく事実なのだが”真実”ではないと言う事になる訳である。
01-13 20:12

⑥この行き方が日本を破滅させたということは、口にしなくても当時は全ての人に実感できたから、「水を差す自由」こそ「自由」で、これを失ったら大変だと人々が感じたことも不思議ではなかった。そして戦後、最も強く「空気」の拘束をうけつづけてきたのが、共産党だったと思われる。
01-13 20:42

⑦そして「空気」は火炎ビン闘争も生んだし、山村工作隊も生んだし、それに類するさまざまな行動も生んだ。
01-13 21:12

⑧だが、共産党という組織が日本で生きて行くためには、日本的通常性をもたねばならず、従って、外部からでなく内部から否応なく日々に「水」を差される結果になり、ついに「水」を差す本人がその主導権を握り、その組織と行動を通常性を原則とする形に改めざるを得なくなった。
01-13 21:42

⑨これが「ぬいぐるみ」をはずしたという結果になったわけである。その「父と子」化いわば「丸紅」化は、その組織の恒久性・永続性・日常性を保障してくれ、無理なき発展も保障してくれるわけである。と同時に、特異性の消失という代償は支払わねばならなかった。
01-13 22:12

⑩そのため、われわれは今でも「水を差す自由」を確保しておかないと大変なことになる、という意識をもっており、この意識は組織内でも組織外でも働き、同時にこの自由さえ確保しておけば大丈夫という意識も生んだ。
01-13 22:42

⑪だがしかし、この「水」とはいわば「現実」であり、現実とはわれわれが生きている「通常性」であり、この通常性がまた「空気」醸成の基であることを忘れていたわけである。
01-13 23:12

⑫そして日本の通常性とは、実は、個人の自由という概念を許さない「父と子の隠し合い」の世界であり、従ってそれは集団内の情況倫理による私的信義絶対の世界になって行くわけである。そしてこの情況倫理とは実は「空気」を生み出す温床であることはすでにのべた。
01-13 23:42

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山本七平bot(@yamamoto7hei)がつぶやくツイートを日毎にまとめるブログです。
ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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