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yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/【言葉を重んじるセム族の伝統①】すべてを言葉にしなければ無効/字引きも作らずに親アラブとは……https://t.co/gh0ToWEv4l
01-03 00:00

■山本七平botまとめ/【言葉を重んじるセム族の伝統②】/「初めに言葉あり」の真意/「いわく言い難い」ものはないhttps://t.co/CVrgzB9ECD
01-03 00:10

■山本七平botまとめ/【正統と異端・護教論とその裁定①】仏教と十字架のキリスト/新約編集史=西洋の精神形成史/日本には生じなかった護教(弁護)論https://t.co/Ih1P39kryL
01-03 00:20

■山本七平botまとめ/【正統と異端・護教論とその裁定②】古い護教論の一例/アピオンの批判とヨセフスの反論https://t.co/SlZdQ6pXzi
01-03 00:30

■山本七平botまとめ/【正統と異端・護教論とその裁定③】裁定者ローマ皇帝の前での討論/ローマ皇帝の裁定/日本に予想される困難https://t.co/8Sw5jToxXl
01-03 00:40

■山本七平botまとめ/【言葉の差――神概念の相違】神・エロヒム・テオス/「私はBeingである」とは/この基本的相違をどうするかhttps://t.co/aEwOPwlS5n
01-03 00:50

■山本七平botまとめ/【ものの見方の差】日本にない対立概念/日本のばあいは二元論/すべてに誤る善玉悪玉観/ローマ法の世界と自然法の世界https://t.co/eGsR6YlB4M
01-03 01:00

■山本七平botまとめ/【偉大なるリアリスト・孔子の素顔/乱世にひたすら秩序を求め続けた「偉人」の生涯①】シャカやキリストのような”生誕伝説”のない孔子/「十有五にして学を志す」――晩学・独学による出発https://t.co/aoMDhCf5FB
01-03 01:10

■山本七平botまとめ/【偉大なるリアリスト・孔子の素顔/乱世にひたすら秩序を求め続けた「偉人」の生涯②】「冨」は否定せず、それを得る自らの規範こそが問題/教育は「時に興り、礼に立ち、楽に成る」/「三十にして立つ」古典の学習は終了https://t.co/aQG3oQ3B3O
01-03 01:20

■山本七平botまとめ/【偉大なるリアリスト・孔子の素顔/乱世にひたすら秩序を求め続けた「偉人」の生涯③】周王朝の伝統「礼」に新しい秩序の理念を発見/いかなる体制であれ、秩序は常に「形」を伴うhttps://t.co/UxRjY8quVD
01-03 01:30

■山本七平botまとめ/【偉大なるリアリスト・孔子の素顔/乱世にひたすら秩序を求め続けた「偉人」の生涯④】「四十にして惑わず」政略家・孔子の誕生/「天命を知る」模範国家の実現に腐心する政治家・孔子https://t.co/duX7TH3O3J
01-03 01:40

■山本七平botまとめ/【偉大なるリアリスト・孔子の素顔/乱世にひたすら秩序を求め続けた「偉人」の生涯⑤】何度も起こった孔子暗殺未遂事件/高弟顔淵の死、最愛の弟子子路の死/「古典」とは、常に人の発想を新たにするものhttps://t.co/Oc4TbUYs0w
01-03 01:50

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神①】明治における企業はすべてベンチャービジネスであったhttps://t.co/2AoPvf6IEo
01-03 02:00

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神②】「これより先に行くな(non plus ultra)」というタブーを破った元祖ベンチャービジネスマン、コロンブスhttps://t.co/KgSzuOrWyR
01-03 02:10

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神③】創業者が備えている三つの才能、シーアー(予言者)、アジテイター(煽動者)、オルガナイザー(組織者)https://t.co/L8Mcts3Kxp
01-03 02:20

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神④】創造的破壊者であったコロンブスの末裔たちhttps://t.co/LMxGcq8azU
01-03 02:30

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/企業家の精神①】三百年続いた幕藩体制の経済的側面を支えた「勤労のエートス」と「企業家精神」https://t.co/rB7N2I5jHZ
01-03 02:40

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/企業家の精神②】上杉鷹山の企業家精神https://t.co/a6rsVHYICh
01-03 02:50

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/企業家の精神③】日本資本主義の特色https://t.co/FYSSMEP7D6
01-03 03:00

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/企業家の精神④】武家の伝統に忠実だった”ニューマン”織田信長https://t.co/Qlkc3EFtag
01-03 03:10

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/企業家の精神⑤】企業家精神の持ち主はチェンジ・テーカー(変化を受ける人)ではなく、チェンジ・メーカー(変化を作り出す人)https://t.co/vnRtWocvkn
01-03 03:20

■山本七平botまとめ/【変革期にみる日本人の柔軟性/科学技術の導入①】明治期の進歩的文化人にとって排除すべき迷信に過ぎなかった宗教https://t.co/ihAOE8BQpa
01-03 03:30

■山本七平botまとめ/【変革期にみる日本人の柔軟性/科学技術の導入②】新しい技術や製品に対し、宗教規範や生活規範に基づく拒否反応が一切無かった明治の庶民https://t.co/h52NrZwTiH
01-03 03:40

■山本七平botまとめ/【変革期にみる日本人の柔軟性/科学技術の導入③】無宗教的・擬似科学的・近思録的世界観の持ち主、日本人https://t.co/2fTXCk0jA3
01-03 03:50

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/「不易」と「流行」①】先入観や偏見が一切無く「情報敏感人間」であった不倒翁、渋沢栄一https://t.co/k018vBlbCu
01-03 04:00

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/「不易」と「流行」②】「富国強兵」を目標とした大久保利通、それに逆らい「富国富民」という目標に邁進した渋沢栄一https://t.co/nVkK9YiDDs
01-03 04:10

■山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/「不易」と「流行」③】流行には敏感だったが、それにおぼれることが無かった「不易」の人、渋沢栄一https://t.co/L4WVks9CTq
01-03 04:20

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/戦後のパイロット・プラント、大正①】終戦と大正自由主義https://t.co/nevtfW8hPV
01-03 04:30

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/戦後のパイロット・プラント、大正②】戦後よりも、よりよく機能した大正民主主義https://t.co/Cuos11IP36
01-03 04:40

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/戦後のパイロット・プラント、大正③】自由主義・資本主義堅持という「不易」の方針が無かった為に失敗した昭和https://t.co/wamx7TD0zN
01-03 04:50

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動①】マスコミが騒ぐ話題の予測は当たらないhttps://t.co/rq1vr99YYi
01-03 05:00

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動②】日本の革新勢力が保守よりも保守的な理由/「保守のための革新」が明治以降の日本人の生き方https://t.co/sQLu9StFAx
01-03 05:10

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動③】意識の転換は商品の選択に現れる/オイルショック後紙くず化したベストセラー田中角栄伝https://t.co/swwKnZJAyA
01-03 05:20

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動④】明治以来一貫してエネ不足に苦しんだ日本において唯一の例外だった1960年代https://t.co/k6WDpMTRc3
01-03 05:30

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑤】エネ不足にお家芸「維持のための変革」で対応することしかできない日本https://t.co/aeqvqdRoKp
01-03 05:40

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑥】高齢化社会が若者の保守化・老成化を促進するhttps://t.co/Na53iNRYyu
01-03 05:50

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑦】日本の社会保障が高福祉高負担にならない理由/社会的階級意識がなく、一揆的一体感が優先する日本社会https://t.co/dDmJ49jR7Z
01-03 06:00

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑧】会社組織という機能集団が”一揆的共同体”に転化している日本社会https://t.co/AgDDp8JJ9g
01-03 06:10

■山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑨】日本社会における高齢者問題は共同体内に隠居制を設けて対応すべしhttps://t.co/i7eoF5KcIL
01-03 06:20

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換①】1990年代の日本は休養・休止願望の時代https://t.co/mX3EYyTXt8
01-03 06:30

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換②】日本人の休養・休止願望が招いた「仕事本位なアメリカ人など居ない」という誤った思い込みhttps://t.co/HRVM13QzBg
01-03 06:40

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換③】実態から程遠い「日本健全、アメリカ不健全、日本人働き蜂、アメリカ人レジャー本位」という印象批評https://t.co/bUtA1yNfdz
01-03 06:50

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換④】休養・休止願望期における安易な無責任論的主張「なるなる論」https://t.co/PKFawKxw4X
01-03 07:00

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換⑤】「なるなる論」から「する論」へと「なる」危険性/大戦争を「した」のではなく、いつの間にか大戦争に「なっていた」戦前の日本https://t.co/CTbs3r17KX
01-03 07:10

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換⑥】「倫理を叫ぶマスコミ」ではなく「商法改正」によって封じ込められた総会屋https://t.co/eQPpoepmeo
01-03 07:20

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換⑦】合理的な新しい法が新しい常識をつくるhttps://t.co/md0nQVXcMU
01-03 07:30

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/1990年に向けて①】日本の国際的地位を保証する大前提「経済的優位の維持」は大丈夫か?https://t.co/GDrfpmfpAx
01-03 07:40

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/1990年に向けて②】日本民族の履歴書の中には西欧民主主義(ウエスタン・デモクラシー)という言葉はないhttps://t.co/1FZNr23XqZ
01-03 07:50

④だがこの仏法という意味が、現実に存在する寺院勢力を意味するようになると、その衆徒による「満寺集会の議決」は神慮を現わすからこれまた法であり、この法を無視すれば「仏法を破滅せば、国家は滅亡せん」で、国もまた滅びるから絶対に無視してはならないという理屈も成り立つ。
01-03 08:12

⑤だが、その「満寺集会の議決」が、寺領に対して横暴であった、というより横暴であったと彼らが主張する国司を罷免せよといった要求になると、元来は「王法」の支配下にある国司を、彼らの力で罷免させる結果になる。
01-03 08:42

⑥こうなると、現実問題として「満寺集会の議決」なるものが「法以上の法」になってしまう。そして実態を調べてみると、彼らの行き方は、まさに「タテマエ・ホンネ」が一体となっている。以上の原理を押し立てれば絶対的な権力を持ちうる。だが彼らは重要なことを忘れていた。
01-03 09:12

⑦簡単にいえば、国司の罷免要求とか、寺領の荘官の罷免といったことは、あくまでも世俗的な問題であり、厳密の意味での仏法の問題ではない。
01-03 09:42

⑧これが前述のサンヘドリンの多数決のように、あくまでも「教義」の解釈に限定されているなら、その決定が宗教法の実質的改正という形で一般人に作用しても、一般人がその多数決方式をそのまま自分たちも採用しようという動機づけにならない。
01-03 10:12

⑨しかし、満寺集会の議決が直接に世俗問題に干与すると、自分の足元から同じ現象が起こってくる可能性がある。そして興味深いのは、神仏混淆〔こんこう〕を当然とする彼らは、それを「神道の神社に祀られる神」の神意だとした点である。
01-03 10:42

⑩神道の神の神意が仏典に基づく多数決に現われる、という面白い現象を示しているわけだが、仏典を知らない者がそれを見れば、神道の信徒ならだれでもこれが行えることになる。日本にはどこにでも神社があり、普通の農民でもその氏子である。
01-03 11:12

⑪氏子といってもそれは血縁集団ではないが、彼らが、一村一味同心して多数決で、年貢を一切納めませんと言い出したらどうなるか。それはその神社の神の「神慮」だから、超法規的に正しいといえることになる。そしてこういう問題が実は、1100年代にすでに起こっている。
01-03 11:42

⑫だがさらに大きな問題は、この寺院勢力に対抗する新興武家階級もこの方式で組織化を進めていけるということである。だがこの問題についてはさらに後述するとして、寺院勢力がもつ問題点を少し記そう。いずれの国であれ「聖なるもの」が最も堕落しやすいのが現実である。
01-03 12:12

⑬元来僧とは、世俗の社会を捨てて「出家・遁世」したものだが、実質的には「遁世」でなく「貪世」であるという記述が『沙石集〔しゃせきしゅう〕』にある。「世を遁れる」のでなく「世を貪る」のである。
01-03 12:42

⑭そしてヨーロッパの御堂〔テンプル〕騎士団のように、大寺院は兵力も持っていた。この僧兵の起源については様々な説があるが、前記の恵美押勝〔えみのおしかつ〕の叛乱(764年)に、近畿の諸寺がその使用人を差し出して官軍を助けたと、称徳天皇により…褒賞をもらっている。
01-03 13:12

⑮これが僧兵出現のはじめかもしれない。もちろんこれら使用人の身分は低い。そして当時の寺院は前述のように「鎮護国家」を祈る公務員だから、この世の身分がそのまま寺院内に持ち込まれた。
01-03 13:42

⑯だがそこでは仏法が研鑽されているから、それを無視して俗世の身分を持ち込まれ、その者が高位の僧職に就くことを、身分の低い長年の研鑽者が容認するわけがない。
01-03 14:12

⑰身分の低い大衆が団結してこれに抗議し、朝廷もこれを無視することができないという形で、「満寺集会の議決」という方式が徐々に確立されたものと思われる。だがこの大衆が果して「遁世」なのか「貪世」なのかよくわからない点がある。
01-03 14:42

⑱彼らは寺院の内部で自己の権利を主張するだけでなく、外へも主張しはじめている。そうなると、寺院の利益に関する「満寺集会の議決」は専ら寺院の利権保持のために用いられ、これが「法以上の法」となり、それを朝廷に強訴するため、神輿をかつぎ出すデモになる。
01-03 15:12

⑲このデモを武器を持った僧兵が行えば、最も効果的である。そして…班田収授の法で過大な租庸調に耐えられず逃亡する農民は幾らでもいる。彼らは新しい開墾地に隠れるか、僧形になって寺院に逃げ込むか、または遊民化して放浪しつつ時には盗賊になるか、といった道を選ぶしかない。
01-03 15:42

⑳そして最も安全な道は僧兵になってしまうことであった。ここは一種の治外法権地区だからである。延喜十四年(914年)三善清行〔みよしきよゆき〕が上申した十二ヶ条の意見書によると、諸国の百姓は課税を逃れるため勝手に髪を剃って法衣を着ている。
01-03 16:12

㉑だが彼らに妻子があり、僧の戒律など一切守らず、勝手なことをしていると述べているが、それらが大寺院に集まってくれば、文字通りの「悪僧」になる。これを強訴に使えば効果的だし、また寺院内の勢力争いにも活用ができる。
01-03 16:42

㉒そして彼らの常識は僧院内にいるといっても全く現世的で、まさに「遁世」でなく「貪世」である。
01-03 17:12

①【超法規空間「荘園」内の秩序】ではこの僧兵たちをどうやって養うか。それは問題なかった。多くの開墾地が寄進されたからである。八世紀にすでに、最も広大な土地を私有しているのが天皇家と寺院であったのは皮肉である。<『日本人とは何か(上)』
01-03 17:42

②天皇家の私有地は勅旨田といわれて不輸租(無税)であったが、寺院もまた寺田を給与されて不輸租であった。そうなれば当然に、自己の開墾地を名目だけ寄進して不輸租にしてもらい、多少の名義料を寺院に払って所有権を保証してもらった方が有利である。
01-03 18:12

③この保証が拒否されれば、寺院側も名義料を失うから当然に強訴する。そうなればこれが最も完全な保証であろう。このようにして寺院が多額の収入を得れば、それで土地を買収することができる。朝廷は寺院が土地を買収し、また寄進を受けることを何回も禁じている。
01-03 18:42

④ということはこの禁令が一向に守られなかったことを意味している。そしてこのような土地が荘園となった。もちろん、寄進の対象は天皇家と寺院だけでなく、自己の実質的な所有権を保証してくれる者なら、だれでもよかった。そこで藤原氏が勢力を得てくればこれにも寄進をする。
01-03 19:12

⑤いわば天皇家・寺院・藤原氏といった治外法権的な権力をもっている者なら、誰でもよかった訳である。そしてこの荘園は自然発生的なものだから、はっきりと制度的に図式化はできにくいが、大体次のような形になっていた。
01-03 19:42

⑥本所→領家(荘官)→名主職→百姓職→作人          ↓              →小作職いわば本所は名義料をもらっている形式的な所有権者、そして領家は現地における管理者で、これが実質的な所有者の場合もある。
01-03 20:12

⑦その下の名主職が土地所有者で、彼らはその土地を小作に出している。同時に自作農である百姓職がおり、その下に土地を持たない農業労働者の作人がいる。公地公民制はこのような形で分解・再編成されていくが、前記の序列は必ずしも固定した階級ではない。
01-03 20:42

⑧その成立を簡単に図式化すれば、公地の公民である百姓が租庸調に耐えかねて逃げ込んで来れば、まず作人となる。当時は未開墾地が多かったから、作人は歓迎される。彼らが名主職の土地を請け負いで耕作するようになれば小作職になる。
01-03 21:42

⑨そしてよく働いてその土地を購入すれば百姓職になる。その上さらに働いて土地を収得するか開墾してこれを小作に出せば名主職になる。そして名主職もその土地を売るか借金の担保にして取られれば、作人に転落する。
01-03 22:12

⑩いわば荘園内での身分は、その者の土地の所有に基づいていて、いつでも上下するのである。領家はここから年貢を集めて本所に送る。すると有力者や有力寺院である本所は、彼らの土地の所有権を保証してくれるという関係である。彼らは簡単にいえば逃亡農民であるから荘園は血縁集団ではない。
01-03 22:42

⑪本所である寺院はこれらを管理する事務を行い、その収入によって僧兵を養っており、治外法権的な権利の主張で、荘園内の人びとの所有権は保証されている。前に記した高野山の「合点」の場合、この荘官が年貢を滞納したので罷免するか否かの採決であり、いわば純然たる世俗的な事務である。
01-03 23:12

⑫このことは、世俗的な人事にも多数決原理が適用されたことを意味している。となると、現地の管理者である荘官の武家が、やがてこの方式を採用するようになる。これはそうなって不思議でない。やがて武家は自らの実力を自覚し、自らの政権を樹立する。
01-03 23:42

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ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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