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12/30のツイートまとめ

yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性①】/一種の無責任体制となってしまった日本軍/~合理的な組織である筈の日本軍が抱えていた不合理性とは~https://t.co/jsOeahbeXR
12-30 00:00

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性②】/日本軍が常識や実生活から遊離した組織となってしまった理由とは/~輸入された組織が陥る「ものまね」の陥穽~https://t.co/lmSjIlPBPj
12-30 00:10

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性③】/日本人の気質にマッチしない”ものまね”組織/~輸入した合理的組織が硬直化し、非合理化してしまう理由~https://t.co/Q4t2sHzSbw
12-30 00:20

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性④】/戦犯容疑者収容所の日本人捕虜集団が暴力支配に陥った理由とは/~”ものまね”組織の崩壊が自己の伝統的秩序すら打ち壊す~https://t.co/tTPsrDktSg
12-30 00:30

■山本七平botまとめ/われわれは、北条政子や徳川家康が抱いたような危機感を持って「守文」を考えているだろうか?/~守文(維持的発展)は「創業の精神に立ち戻ること」ではない~https://t.co/EYc7MfvXof
12-30 00:40

■山本七平botまとめ/【表現の本質】/”無農薬野菜”表示のような「電気なし生活」をPRした原発反対運動の茶番https://t.co/BkGzNmUCKM
12-30 00:50

■山本七平botまとめ/【感覚の違いを旅に学ぶ】/理屈ではどうにもならない「異質の感覚」と共生した経験のない同質民族の日本人https://t.co/YgWOrfEgAS
12-30 01:00

■山本七平botまとめ/【知の沈黙の時代】/専門家の口が封じられ、「雑識をつめこんだ幼児」の幼稚な意見が幅を利かす日本社会https://t.co/p3ba27m8H1
12-30 01:10

■山本七平botまとめ/【原則は簡単です】/この世で、書かれたもののうち、一番恐ろしい害悪を及ぼすのは「虚偽」ではなく「一部を作為的に欠落させた事実の提示」である。https://t.co/awARGN3c1A
12-30 01:20

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観①】/「事件を事件として」処理する能力が、今の日本人にあるだろうか?https://t.co/7CedGfAzXT
12-30 01:30

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観②】/「平和憲法」を”占領手段として”利用したマッカーサー/~自己との苦しい戦いを回避して、安易な選択(戦争)を選び、滅亡した日本~https://t.co/UQDB6nWd5w
12-30 01:40

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観③】/役に立たなかった大日本帝国陸海軍https://t.co/yJS0Vqo58t
12-30 01:50

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観④】/「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」の議論が区別できない”日本的思考”/~「食糧・燃料を含めた軍備」なき立場の日本人が思考を取り戻す為にすべき事とは~https://t.co/QIDmIdR1oE
12-30 02:00

■山本七平botまとめ/消費税には反対できても、産油国から科される石油消費税には逆らえない日本/~日本人が空気の如く当然としている「国際環境」を崩壊させかねないエネルギー問題~https://t.co/YVORDKm3JS
12-30 02:10

⑧「神の支配の形態を地上に反映させたのが地上の政府」という考え方はヨーロッパにもあり、エウセビオスは、キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝の政府を、天上の秩序の反映としている。これと似た考え方かもしれない。
12-30 08:12

①【統治神学としての神儒仏合一論】唐の王朝が李姓であったので同姓の老子を尊崇し、科挙の試験に道教の問題も出るほどであった。日本はその影響を強く受けたので、宮廷関係に道教的用語があるのは不思議でない。<『日本人とは何か(上)』
12-30 08:42

②では律令の導入と同時に、天上にも天皇・真人・仙人による同じような形の政府があり、それが自分たちを監督していると考えたのであろうか。その点は明確にはわからない。
12-30 09:12

③というのは以上の道教の考え方は、儒教の天命思想に一脈相通ずる点はあるが、日本の天皇は、天地創造とともに発生した神々の直系の子孫として正統性を主張しているのだから、同じ考え方ではあるまい。
12-30 09:42

④ただ、『日本書紀』の冒頭を道教の天地創造ではじめたこと、そして律令体制が完成して間もなくこれが編纂されたことは、唐の王朝の宗教である道教の、前記の世界観が念頭にあったと見てよいであろう。そうなると天上にいる天皇大帝は、天照大神以降の天皇の諸霊ということになる。
12-30 10:12

⑤天皇が生前にも「天皇」と呼ばれるのは近世のことで、それ以前はすべて「院」と呼ばれ、死後に諡(おくりな)に天皇を付すのが普通で、例外は後醍醐天皇だけである。
12-30 10:42

⑥このことは「天皇」とは死後の天上での称号であることを示し、死んだ後は天から「天皇大帝」として子孫の統治を見守るという考え方があったのであろう。
12-30 11:12

⑦こう見ていくと、前述の昭和十二年の文部省通達の「…皇祖皇宗がその神裔(しんえい)にあらせられる天皇に現われまし、天皇と皇祖皇宗とは御一体にあらせられ…」は、道教的と言ってよいかもしれない。
12-30 11:42

⑧そうなると、その究極にいるのは天照大神ということになるが、同時に鎮護国家の祈願の対象は仏である。ここで統治神学として、儒釈道合一論が神儒仏合一論となり、神社と寺院が一体化し、それを合理的に把握するのに本地垂迹(ほんじすいじゃく)説が援用されても不思議ではない。
12-30 12:12

⑨いわば道教的発想はこのような形で神道と習合したと考えれば、当然の帰結だということになろう。そして広い意味の道教は、中村元教授のいわれるユーラシア大陸的な宗教的要素をもっていたから、神道との習合はごく自然な形で行われたであろう。
12-30 12:42

⑩人間のみならず、あらゆる動物は死ぬと霊が天に帰る、という考え方がアイヌの宗教にあることは多くの学者が指摘しており、これは、中国の思想が日本に来るはるかに以前、いわば縄文時代からあったと思われる。
12-30 13:12

⑪この信仰と道教とはきわめて習合しやすいから、日本の原始的信仰がそのような形で神道となったという見方もできる。いずれにせよこの土俗的信仰は実に根づよく残り、キリシタンが来たとき、それを確認する宗教が来たかのように日本人が受け取って歓迎した。これも不思議ではない。
12-30 13:42

①【仏教国家創建の功罪】仏教の受容とは、実は中国の宗教文化の全ての導入であった。ただ唐の時代は中国仏教の最盛期であったから、それは仏教中心の宗教文化の輸入であったと言ってよい。従って、仏教の僧侶が儒教の講義をしても人は少しも不思議に思わなかった。<『日本人とは何か(上)』
12-30 14:12

②そして仏教を、氏族間の私的信仰から国家的な統一の共有しうる宗教へと変えたのが聖徳太子であろう。太子は自ら法華経・勝鬘経(しょうまんぎょう)・維摩経(ゆいまきょう)の注釈書、即ち『三経義疏(ぎしょ)』を記し、一切を包容融合する統一的な原理として「一大乗」の思想を鼓吹した。
12-30 14:42

③そして大化改新を経て大宝律令ができると、仏教は「僧尼令」によって国家の保護を受けると同時にその統制を受けるようになった。いわば僧尼は、鎮護国家を祈念する公務員になったわけである。現代でも国教のある国の多くでは聖職者は国家公務員であり、それから見れば仏教の国教化といえるであろう。
12-30 15:12

④以上のような行き方を推し進め、仏教国家の創建へと目指したのが聖武天皇であろう。天平十三年(741年)の国分寺創建の詔(みことのり)、さらに天平十五年(743年)の東大寺大仏建立の詔はこの点で注目に値する。
12-30 15:42

⑤いわば諸国に国分寺と国分尼寺を建立して、「金光明経」を講宣読誦(どくじゅ)させることによって国家にふりかかる労障を消除し、大仏によって国家万民の上に利益を与えようという一大計画である。こういった国家的計画とその実施は、日本史上、これが最初で最後であろう。
12-30 16:12

⑥だがこのような大事業の結果招来されたものは、国民の疲弊、国家財政の破綻、寺領の増大、僧侶の政治介入と堕落であった。天平宝字八年(764年)恵美押勝(えみのおしかつ)の叛乱が起こり、これは鎮圧されたが、(続
12-30 16:42

⑦続>次に僧道鏡が大臣禅師となって勢力を振るい、天平神護二年(766年)法王となって帝位をうかがうが、やがて失脚する。南都六宗といわれる首都奈良の仏教界は、さまざまな面で、どうにもならない状態になっていた。
12-30 17:12

①【呪術性と末法思想で仏教変質】延暦十三年(794年)桓武天皇は都を京都に移した。いわば奈良とその地の諸大寺は放棄され、同時にその統制、取締りは強化された。一方新しい首都の京都では、天台宗の最澄と真言宗の空海による、新しいタイプの仏教、山岳仏教が出現した。
12-30 17:42

②奈良の仏教は都市仏教だが、天台宗は比叡山に、真言宗は高野山にこもり、南都六宗とは違った新しい信仰の糧を供給した。といっても「鎮護国家」には変わりはなく、むしろそれはさらに強調されたといってよい。
12-30 18:12

③南都の六宗でも天台・真言でも、仏教の教学に対する専門的な研究は勿論行われており、その水準は極めて高かったといわれる。だが一般の貴族…が仏教に求めた事は深遠な宗教的真理ではなく「鎮護国家」を一族に更に個人の水準にまで下ろし、自分や自分の一族の繁栄や安全を祈念して貰う事であった。
12-30 18:42

④彼らが最も恐れたのは、病気や災難であり、それらから自分を守ってくれる呪術を仏教に求めたわけである。ここに呪術仏教が要請され、それに対応したのが密教で、その神秘性や不可解さ、それを裏づけるような深遠な哲理は強く人びとをひきつけた。
12-30 19:12

⑤当時の人びとは、理解しがたい病気や災難を「物の怪(け)」にとりつかれると考え、一種の強い怪異感で受けとめていた。そこでこの怪異感からの解放を加持祈禱に求めたわけである。その要請に応じたのが密教である。
12-30 19:42

⑥真言も天台もしだいに密教の比重が高まり、互いによりすぐれた呪術性を強調して競いあった。そしてその結果生じたのが、国家仏教から貴族仏教・閥族仏教への移行である。まず天皇家、ついで藤原氏一門が盛んに寺を建て、他の貴族もこれにならった。氏寺の出現である。
12-30 20:12

⑦そして政権の座からしめ出された貴族は、栄達の道を仏教界に求めた。有名な氏寺には、藤原伊勢人の鞍馬寺、藤原忠平の法性寺(ほうしょうじ)、有名な道長の法成寺(ほうじょうじ)や頼通(よりみち)の平等院などがあり、そこの僧たちは準貴族化して俗人と変わらなくなった。
12-30 20:42

⑧そして貴族の求めに応じて法会(ほうえ)や加持祈禱を行なって土地の寄進を受け、しだいに富裕な土地所有者となり、武力さえも持つようになった。もう一つ見逃せないのは末法思想である。キリスト教にも「紀元1000年終末思想」があったが、日本の場合は永承七年(1052年)である。
12-30 21:12

⑨なぜこのような信仰が生じたのか。教理的にはシャカの入滅後千年が正法〔しょうぼう〕、次の千年が像法〔ぞうぼう〕(この計算の仕方はさまざまだが)で、それが終わると世は「闘諍」の時代となり、仏教の教えは現世では全く行われなくなるという思想である。
12-30 21:42

⑩そして奇妙なことにこの年に香椎宮が焼失、翌年には伊勢大宮司の邸宅が、さらに翌年には高楊院内裏つづいて京極院内裏が焼失する。翌々年には安倍頼時(あべのよりとき)の乱で追討の宣旨が下され、前九年の役がはじまる。
12-30 22:12

⑪そして康平元年(1058年)に新築の内裏がまた焼失し、法成寺も焼失し、翌年には一条院内裏が焼失し、その翌年には興福寺が焼失する。それは「平安時代」がいよいよ終わり、「闘諍時代」の来る不吉な予兆と人々には思えた。事実、闘諍を恐れない武家の登場する時代は近づきつつあった。
12-30 22:42

⑫一方、これとともに浄土教信仰が力を得てきた。これは奈良時代にすでに中国から渡来していたが、空也や源信によって、あるいに踊念仏(おどりねんぶつ)という形で、あるいは「厭離穢土〔おんりえど〕、欣求浄土〔ごんぐじょうど〕」という単純化した形で民衆の中にしだいに浸透していった。
12-30 23:12

⑬この時代は、貴族にとっては確かに「平安時代」であり、権威を誇る彼らにとってこの世は決して「厭離」すべき「穢土」でなく、浄土の荘厳さを生きている現実生活の中に見ようと願わせるような世界であった。だが平安時代は裏から見れば群盗と流亡の民を生んだ暗黒の時代である。
12-30 23:42

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ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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