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12/25のツイートまとめ

yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/ユダヤ民族が消滅しなかった理由とは/~古代ユダヤ国家滅亡の一因「民衆蜂起万能信仰」~https://t.co/M4bqqUZi7V
12-25 00:00

■山本七平botまとめ/イエスも答えられなかった「二者択一」/~ユダヤ人が陥った二重の文化・二重の基準の陥穽とは~https://t.co/p65ufDFsQ3
12-25 00:10

■山本七平botまとめ/ローマ化したユダヤ人が選択した道、サドカイ、ファリサイ、エッセネ/~「アメリカ化した」日本とユダヤとの相似性~https://t.co/uWrYzfTJee
12-25 00:20

■山本七平botまとめ/普通人は”ミディアム”を選ぶ/~律法に殉ずることもできないが、かといって律法を捨てローマ化することも出来なかったサイレント・マジョリティのユダヤ人達~https://t.co/pCaCYXlN4r
12-25 00:30

■山本七平botまとめ/二重の基準を生きるユダヤ人多数派が選んだファリサイズム/~自分達の現実の生活規範と古来の律法を”口伝”でつないだファリサイ派~https://t.co/IotbZdvhkg
12-25 00:40

■山本七平botまとめ/「神かカイサルか」を突きつけられた中間派ファリサイ/~真のファリサイを偽善者と呼ぶ「本物の偽善者」=商業左翼~https://t.co/b1GsEDkMkD
12-25 00:50

■山本七平botまとめ/民族を滅ぼすものは「教育」/~自らの思想と相容れない社会に生きる集団はファリサイ化する~https://t.co/RmW4F9Lch3
12-25 01:00

■山本七平botまとめ/イエスが痛烈に批判したファリサイ派の「自己絶対化」/~ファリサイ派が権力を否定し、自ら統治の責任を負うことを拒否し、万年野党化した理由とは~https://t.co/JH2VCfvqMU
12-25 01:20

■山本七平botまとめ/「人が何に対して被統治意識を持つか」が最大の問題/~政府ではなく会社に被統治意識を抱く現代人~https://t.co/Pbl10c5WsW
12-25 01:30

■山本七平botまとめ/古代ユダヤと酷似している現代日本社会の「被統治意識」とはhttps://t.co/sOm2ntvFi1
12-25 01:40

■山本七平botまとめ/「神への被統治意識」と「実質的統治者に対する拒否感」の狭間で、自縄自縛に陥ったユダヤ人https://t.co/6gQ2BEwz4C
12-25 01:50

■山本七平botまとめ/イスラエルに三十余年の平和をもたらしたヘロデ王とは/残虐非道圧制虐殺の人、自分の妻も息子達も処刑した古代の「スターリン」ヘロデ王https://t.co/T0UMjADfnl
12-25 02:00

■山本七平botまとめ/イスラエルに三十余年の平和をもたらしたヘロデ王とは②/「国家理性・権力理性」の体現者、ヘロデ王https://t.co/jelhdjWrMo
12-25 02:10

■山本七平botまとめ/ヘロデ王が生涯を通じて闘った相手とは/「被統治意識」が拒否される世界を統治した鋼鉄の人、ヘロデ王https://t.co/eZuBw4hJoL
12-25 02:20

■山本七平botまとめ/多数者たる「民」の沈黙と盲従/自らへの統治力を失い、テロと無秩序に支配されたイスラエルhttps://t.co/Cyl2kgioeQ
12-25 02:30

■山本七平botまとめ/古代イスラエルと近代日本に共通する「文化の受容に基づく矛盾による破滅」https://t.co/bdpUiblwO2
12-25 02:40

■山本七平botまとめ/文化輸入を先導した明治期の指導者タイプとは/~政治屋(ポリティシャン)で十分だった明治維新~https://t.co/ZI9PIpKIj9
12-25 02:50

■山本七平botまとめ/天与の資質(カリスマ)を欠いた政治屋が成し遂げた明治の大改革/~「ヘレニズム化した古代ユダヤ」と「文明開化の日本」の相似性~https://t.co/aXDu5CvkvI
12-25 03:00

■山本七平botまとめ/「対外的に満点を取り、それが満点であることを対内的に提示して指導性を確保する」行き方しかできない日本の指導者https://t.co/8mFJYX6bbb
12-25 03:10

■山本七平botまとめ/明治維新の志士は社会党員だった/~「言いかえ」によって外来の文化的衝撃を緩和した日本社会~https://t.co/g675la5wPN
12-25 03:20

■山本七平botまとめ/「輸入の論理」と「不文律の慣習法」との狭間で始末の悪い二重基準に陥った日本https://t.co/AE6liLqPCH
12-25 03:30

■山本七平botまとめ/「教育勅語=儒教的イデオロギー」対「明治憲法=西欧的制限君主制」の”相剋の歴史”であった近代天皇制https://t.co/VMfmdQu48O
12-25 03:40

■山本七平botまとめ/見えざる法に違反したために罷免され追及された内村鑑三/~「憲法に基づく法的秩序」と「教育勅語の”口伝”的儀式化に基づく秩序」というダブル・スタンダード~https://t.co/sSSXaAvwLq
12-25 03:50

■山本七平botまとめ/「外装的法体系の支配」と「内実的”口伝”体系の支配」/~近代国家において「軍が暴走して戦争になる」ことはありえないという”チャーチルの原則”が通用しなかった日本~https://t.co/A4Kzb7Atfy
12-25 04:00

■山本七平botまとめ/戦前にもあった象徴天皇制/~「被統治意識」と「外装的体制」という”二重基準の矛盾”こそ明治以降の天皇制で追及すべき本当の問題~https://t.co/8xeW7N2qnu
12-25 04:10

■山本七平botまとめ/教育勅語”口伝”で絶対化された権威で、その権威を否定していく西欧的体制を強行してきた「矛盾」が致命傷となった日本https://t.co/rAsIEEr3OR
12-25 04:20

■山本七平botまとめ/文化混交による二重の非合理性に潰された日本/~現代に至るまで「西欧的=合理的」「日本(儒教)的=非合理的」という奇妙な迷信をもちつづけている日本人~https://t.co/ENVq0sVWlZ
12-25 04:30

■山本七平botまとめ/「日本の非合理性(社会問題の自己同定化)」に「西欧の非合理性(殉教者自己同定化)」が加わった状態の日本社会https://t.co/jFAcA4qEKa
12-25 04:40

■山本七平botまとめ/日本社会に根付いた西欧的非合理性「殺される側に立つ論理」/~天皇制の害悪の実体とは”軍刀の知識人”が振るった「知的テロリズム(西欧の異端宣告)」~https://t.co/079UgRa9b5
12-25 04:50

■山本七平botまとめ/”牢獄の中の天皇”論/~美濃部機関説「国家法人」の総攬者としての天皇に対する被統治意識を持たなかった二・二六事件の青年将校~https://t.co/GYTLohdpPb
12-25 05:00

■山本七平botまとめ/プロテスタント病の典型――アメリカ/~”自己義認の連鎖”の罠に陥った「プロテスタント病に対する抵抗力無き」日本社会~https://t.co/wxFDamqwoo
12-25 05:10

■山本七平botまとめ/大正自由主義時代のプロテスタント病的傾向を「自由主義」排撃の名のもとに、天皇への無謬性寄託という形で排除しようとした「軍刀の知識人」https://t.co/77YUvsYl8r
12-25 05:20

■山本七平botまとめ/自己義認に始まる循環連鎖に囚われ続ける日本人/~日本が一億玉砕から、一気に無条件降伏、平和国家へと転換し得た理由とは~https://t.co/oBmaNnqLlO
12-25 05:30

■山本七平botまとめ/西欧社会の「対立」と日本社会の「分立」/~人間を「悪人・善人と分けて把握することを禁じたキリスト教国」と「善人・悪人に分けて把握する日本」~https://t.co/AhefaFlm8C
12-25 05:40

■山本七平botまとめ/歴史は一方向に進むという考え方を人類の世界にはじめてもち込んだ旧約聖書/~「一方向に進む」歴史的過程の中に生きている日本人~https://t.co/sDmlU4FfXD
12-25 05:50

■山本七平botまとめ/「死後閣魔様に舌を抜かれるから嘘をつくな」的終末論が横行する日本/~未来の確定を絶対視する事で、現在を徹底的に規制する終末論の恐ろしさ~https://t.co/RkCJ0zlKXJ
12-25 06:00

■山本七平botまとめ/マルクス主義とインド的世界の対比/~「歴史は一方向に進み、それの進行は人間の意志で左右できない必然だ」と考える”旧約聖書的”世界観は、否応無く終末論と終末論的寡判に帰結する~https://t.co/6GCBOOESX5
12-25 06:10

■山本七平botまとめ/神と言い争う”信仰深き”ヨブ/~人と神との関係を対立関係である「契約」においていた西欧人、自己を無にして神と「神人一体」化しようとする日本人~https://t.co/4xnFQT2837
12-25 06:20

■山本七平botまとめ/「対立概念無き」親日と反日/~対象の相反する矛盾を編集して、対立なき「一枚岩的対象」という”虚構”を作りあげる日本人~https://t.co/98CvWSsgw7
12-25 06:30

■山本七平botまとめ/偶像に感情移入する”臨在感的把握”とは/~一方的な感情移入が出来ない「自らの意志を持つ対象(≠偶像)」を信頼しない日本人~https://t.co/AriYJPMzcy
12-25 06:40

■山本七平botまとめ/「戦前の現人神としての」天皇は”仏像”だった/~偶像化して感情を移入し、臨在感的に把握することしかできない日本人~https://t.co/MIXB0e3uX2
12-25 06:50

■山本七平botまとめ/あったがままを編むのが歴史(ヒストリア)/~「歴史」と称する対象への”臨在感的把握”にすぎない日本人の歴史観~https://t.co/FWjiEym1Kr
12-25 07:00

■山本七平botまとめ/日本と西欧で異なる正統・異端の規定/~歴史を「史料として」ではなく、「経典・偶像として」捉えてしまう日本人~https://t.co/1SQixPjdcI
12-25 07:10

■山本七平botまとめ/日本的「善玉・悪玉」の世界がもたらす”物神化”と被拘束現象/~善人なし、悪人なし、いるのは「善悪人」だけのプロテスタント社会~https://t.co/McyKGYOlPb
12-25 07:20

■山本七平botまとめ/前提を動かさない”精神的鎖国”社会の日本/~臨在感的把握の絶対化による、 一方向的自己規制に基づく”前提”をバネに劇的な転換を行なう日本社会~https://t.co/PwBqOrQ7os
12-25 07:30

■山本七平botまとめ/めまぐるしい「リアル」の追求/~先進国というお手本がある期間だけ通用する(日本人が追い求める)リアル~https://t.co/bHRV4N8W4j
12-25 07:40

■山本七平botまとめ/他力本願(ではどうしろと言うのか)からの脱却/~日本人を”精神的”奴隷にしてしまった、明治以来の長い「前提を絶対化」する生き方とは~https://t.co/LKzaW8eBll
12-25 07:50

⑫もちろん、戸籍に登録されていた方がはるかに有利なら別だが、租庸調さらに兵役・雑徭と見ていくと、「公民」であることは義務だけあって権利はなく、無戸籍農民より有利とは思えない。
12-25 08:12

⑬『万葉集』の山上憶良の「貧窮問答歌」を読むと、恐らく720年頃の下級官吏や農民の貧しさがよく現われている。この歌の内容は中国の詩の影響を受けてはいるが、完全な日本語の詩であり、そのうえ面白い歌なので次に全文を引用しよう。…(引用省略)…
12-25 08:42

⑭これを書いた憶良はもちろん貧民ではなく、むしろこの時代のエリートであった。…この歌は、国司の時の実際の視察が基になっているのであろうか。…憶良はやがて、逃げ出してしまった者の歌もつくる。
12-25 09:12

①【律令制崩壊を促した農民逃亡】慶雲三年(706年)、王族や大官が、口分田になっていない山沢を占拠して開墾しようと動き出す。朝廷も開墾を推進せざるを得ず、養老六年(722年)水田百万町歩の開墾を計画、また諸国にそばや麦などの栽培を奨励する。<『日本人とは何か(上)』
12-25 09:42

②そして翌年に三世一身法が公布され、開墾した田は三代まで私有が許可され、そして天平十五年(743年)墾田永世私財法が公布され、公地公民制はわずか半世紀で徐々に崩壊していく。そしてこれと並行するように農民の逃亡が増えはじめる。
12-25 10:12

③彼らは、開墾地をもち、あるいはさらに開墾を進めようとする地方の豪族や有力農民のもとに身をひそめ、税を逃れてそこで働く。またこういう社会そのものから逃避しようとする者は僧になってしまう。
12-25 10:42

④これが私度僧で、当時、勝手に僧になることは禁じられていたから、憶良がいうように「これ山沢に亡命する民なり」であろう。彼は次のように記す。…(引用省略)…これで見ると憶良の立場は明らかに儒教的で仏教的ではない。その点では「よき律令官僚」であっただろう。
12-25 11:12

⑤「たてまえ」からいえば公地公民制は、すべての民の生活を保障しているはずで、その保障のもとで、「三綱・五教」に基づく「良民」になるよう教導することが、官僚の役目であったであろうから――。
12-25 11:42

⑥だがそれだけでなく、彼の「子等を思う歌」や「宴を罷(まか)る歌」は、妻子への愛情を率直に歌い、これが世の「道理」としており、妻子を捨てて出家することなどは少しも評価しなかった。と同時に国守としての彼は「家に帰りて業(なり)を為(し)まさに」は当然の要請であった。
12-25 12:12

⑦だが前記のような矛盾から律令制は崩壊していき、天平時代(729〜749年)に畿内とその近辺の村落から20%の人口が逃亡していたという。それが中央・地方の豪族の私有地の労働力となっていく。
12-25 12:42

⑧だがその一方で、律令制は全国に広がり、東北から九州の薩摩まで公地公民制のもとに全日本が組織化されていく。この一見、矛盾した現象の背後には、先進国唐の文化と技術を摂取した新しい官僚が国守に任命され、組織的に地方の開発にあたったという点も見逃せないであろう。
12-25 13:12

⑨というのは、公地公民制は多くの欠陥があるが、その地方の公民を徭役によって組織的に動員して開拓に投入しうる利点がある。もちろんこれは農民にとって苦しい労働だが、これを国守が濯漑・水利・沼池の干拓・築堤等に用いるなら、その利益はやがて農民にかえってくる。
12-25 13:42

⑩こういう立派な国守がいた事も事実で、その一人が『続日本紀』に出てくる道首名(みちのおうとな)であろう。…彼は農地を整備し、水利事業を行い、農民達を熱心に指導した。初めはそれらの労役に対する不満があったが、後には深く感謝され、死後には祀られてその徳を慕われたと…記されている。
12-25 14:12

⑪農民を最も苦しめたのは徭役だが、それを、その労苦が農民に還元するように用いたら、班田収授の法の矛盾は多くの点で解決が可能であったろう。そしてそれを行う者がいたゆえに、十世紀まで維持できたともいえる。
12-25 14:42

⑫だが、すべての国守が道首名(みちのおうとな)だったわけではない。そしてはじめは、どんな横暴な国守が来ても、地方農民は抵抗の方法を知らず、唯一の道は、逃げ出してどこかの開拓地に入り込んでしまうことであった。だが後になると、農民が国守を告発する例も出てくる。
12-25 15:12

⑬農民達に告発されたという記録は貞観三年(861年)に既にあるが、珍しく告発文のほぼ全文が残っているのが永延二年(988年)の「尾張国郡司百姓等解文(げぶみ)」であり、その三十一箇条の告発を見ると、悪徳国守があらゆる不正を行なって民を収奪して蓄財している実態がわかる。
12-25 15:42

⑭この時代になると国守に任じられれば蓄財ができることは常識らしく、天元二年(979年)の文書に「一国を拝すれば、其の楽余り有り、金帛(きんぱく)蔵に満ち、酒肉案に堆(うずたか)し、況(いわん)や数国を転任するをや」という言葉がある。
12-25 16:12

⑮こうなると買官が生じ、地方官の地位を購入しても任地に行かず、目代(もくだい)を派遣したり、地方の豪族を在庁官人に命じ、利得だけをむさばろうとする者が出てくる。これは結局、地方の豪族が実質的にその地を治めるという結果になる。
12-25 16:42

⑯こうなると地方だけでなく、中央の官職もまた利権化し、まるで自己の財産のように息子に譲り、ここに官職の世襲化と、それをなしうる者の貴族化が生じてくる。そして…1100年代になると十歳の丹波守とか八歳の中納言とかいった状態を生ずるが、これが律令体制が崩壊していく時代である。
12-25 17:12

①【律令制度よりかな文化】なぜこのような道をたどり、ついに律令制は崩壊してしまったのか。ではなぜ律令制が崩壊しながらも天皇制は継続し、W・ケラー氏のいう「一王朝・124世」という歴史を形成してきたのか。<『日本人とは何か(上)』
12-25 17:42

②班田収授の法という体制の基本に無理があったことは否定できないが「科挙抜き律令制」というものは、選挙抜き民主制のようなもので、急速にその内実が変質したのは当然の結果であった。科挙の実施されている国では、官職の世襲などはあり得ない。ではなぜ科挙を実施しなかったのか。
12-25 18:12

③中国の作家柏揚(ぼーやん)氏は、日本人は中国の制度をすべて模倣したが、賢明にも科挙だけは除外したという意味のことを記している。しかしこれは好意的誤解であり、私は、科挙を実施するだけの段階に達していなかったからだと見ている。
12-25 18:42

④養老律令には、秀才、明経、進士、明法などの科を設け、諸国からの受験生を試験することとなっている。だがこれは、はじめから不可能であった。日本にはまだそれだけの、中国文化の蓄積がなかったからである。
12-25 19:12

⑤そこで、それらの学問が特定の家で世襲され、その家に生まれた者は、幼時からその学問を教え込まれるという形になった。明経は清原・中原二氏、明法は坂上・中原二氏、算道は三善氏・小槻氏、医道は和気・丹波の二氏といった具合で、これらは「家元」のようになった。
12-25 19:42

⑥だが理由はこれだけではなかったであろう。日本人は、単に、中国の聖人の教えを学ぶだけでなく、自らの文化を、簡単にいえば「かな文化」を形成することに、むしろ熱意をもっていたように思われる。
12-25 20:12

⑦隋・唐以降の中国人は政治を至上の仕事と考えた。すなわち人間の救済を政治に求め、皇帝が天命を受けた聖人で、その下の官僚が聖人の教えを完全に身につけた君子なら、民は救済される筈であり、それを求める体制が律令制で、それを担う官僚にその資格があるか否かを、試験したわけである。
12-25 20:42

⑧だが当時の日本人はそれほど政治に情熱を感じていたとは思えない。天皇以下、むしろ歌や文章をつくる生活に熱中していたように思われる。徳川時代の歴史家三宅観瀾(みやけかんらん)はこのような芸術指向・政治無視のため、天皇はその政治的権力を奪われたと批判している。
12-25 21:12

⑨そして、この面でも歌道の二条・冷泉・飛鳥井、書道の持明院、音楽の綾小路・高辻、蹴鞠の飛鳥井・難波、装束の高倉・山科といった世襲の「家元」が生じた。彼らが求めたのは「政治権力」よりむしろ「美」であったろう。
12-25 21:42

⑩一般人民は貧窮であったが、世襲の貴族たちはあらゆる面で美を競い、しばしば華美禁止令が出ているが、それらは常に行われなかった。そしてこのようにして出来た平安文化とそれを支えるさまざまな家元、そしてその中の総家元が天皇家であったといえる。
12-25 22:12

⑪そしてこういう文化の中から、『源氏物語』が出てくる。前述の津田左右吉博士の言葉を借りれば、これは「歴史的事件」の記録ではないが「平安時代」という「歴史的事実」を示している。そしてここで理想化されているのは、完全に、非政治的な詩と美の世界であろう。
12-25 22:42

⑫後に武家は政権をとったが、この日本の「古典文化」に常に深い畏敬の念を持ち、同時にそれを担う公家に劣等感を持っていた。彼らは同じ日本人であっても、ローマを攻略したヴァンダル族ではないから、これらの文化を崇敬しても破壊はしなかった。
12-25 23:12

⑬これが、律令制が消えても、日本文化の総家元のような形で天皇制が継続した理由の一つである。徳川時代にこのことを明確に意識し、まるで西欧の教権と帝権の分離のように、天皇家の役割と武家の役割をはっきりと分けて考えていたのが新井白石であった。
12-25 23:42

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ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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