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12/22のツイートまとめ

yamamoto7hei

■【神は空名なれど…④】日本人が宗教的に寛容だというのは誤り/~日本教が徹底的に排除したカトリックの教義「神の言葉が肉となる」インカーネーション(化肉・受肉)とは~https://t.co/PtWwMOzXs3
12-22 00:00

■【五・一五事件と純粋人間①】他民族の食物規定を嘲笑する日本人/~日本教の強固な教義の枠を意識しないが故に囚われ、その不自由さを全く感知できない”自由な”日本人~https://t.co/csjZaRzWyw
12-22 00:10

■【五・一五事件と純粋人間②】日本人に「フェア」という考え方は存在しない/~人類史上もっとも卑劣な事件であった「五・一五事件」~https://t.co/RROeDpCAQv
12-22 00:20

■【五・一五事件と純粋人間③】三十五万通の減刑嘆願書/~五・一五事件を起こした青年将校に「論理」は無かった~https://t.co/CLC5NpkQBs
12-22 00:30

■【五・一五事件と純粋人間④】「人間の純度」に基づく徹底した差別(流動的アパルトヘイト)の国・日本/~日本社会に「法の前に平等」は存在しない~https://t.co/YxnmaIntgI
12-22 00:40

■【日本人の政治的反応度①】日本に「政教分離」はありえない/~宗教問題ではなく”政治”問題化してしまう靖国問題~https://t.co/OW3Fd3JOEr
12-22 00:50

■【日本人の政治的反応度②】悲惨な宗教戦争の反省から生まれた西欧の「政教分離(教会と国家の併存)」の考え方が皆無な日本人/~軍人勅諭の”逆転”が軍隊内に政争をもたらし、無統制な集団へと化した日本軍~https://t.co/Nqbl09Spc6
12-22 01:00

■【日本人の政治的反応度③】解決不能な困難な問題に直面すると、内容不明な空体語(八紘一宇/肇国の精神)を新造し出す日本教徒https://t.co/ksdZWms07Q
12-22 01:10

■【日本人の政治的反応度④】空体語の”言いまくり”に沈黙せざるを得ない日本人/~人間の暴力を言葉(=思想)と切り離して、一種の自然現象(=天誅/天譴)とみる伝統的な日本の考え方とは~https://t.co/cIDVfOTxFS
12-22 01:20

■【日本人の政治的反応度⑤】言葉が失われる”心機一転(ローテーション)”の天秤体制(バランスクラシー)/~政治問題における「純粋な人間」による暴行が、法に優越してしまう日本教の世界~https://t.co/fYwJUFXUOD
12-22 01:30

■【「成長」「変節」のない思想①】日本人にとって「思想は踏絵」/~異端尋問のための”踏絵”の図柄を変えることを「思想的成長だ」と思い込んでいる日本人~https://t.co/Zx0CQXhcMw
12-22 01:40

■【「成長」「変節」のない思想②】すべては相手の出方次第/~「踏絵」をはさんでお互いに「お前」と呼び合う「二人称」の関係しか成り立たない日本社会~https://t.co/lDpohxkwlA
12-22 01:50

■【「成長」「変節」のない思想③】日本におけるあらゆる問題の処理は「言わせておいて片づける」のが解決の基本的方式https://t.co/dD7eT1TIqE
12-22 02:00

■【「成長」「変節」のない思想④】空体語を口にしつつ実体語で行動する日本人/~西欧人から見て日本人が偽善者・嘘つきに見える理由とは~https://t.co/vokkPZQwZL
12-22 02:10

■【「成長」「変節」のない思想⑤】天秤体制(バランスクラシー)を巧みに運営するのが、日本の政治家の主な任務https://t.co/KM4FpJH3eb
12-22 02:20

■【「お前のお前」の責任①】「天秤」と「二人称」の世界には”議論”はありえない/~現実(実体語)に基づく弱気を口にした人間が全責任を負わされ、口をつぐまざるをえない日本社会~https://t.co/4kctsl8IdH
12-22 02:30

■【「お前のお前」の責任②】不思議な「対話の世界」/~「天秤の世界/二人称だけの世界」での”基準”を外の世界にも適用しようとして失敗する日本人~https://t.co/GN7g0Q8QTd
12-22 02:40

■【「お前のお前」の責任③】二人称の「話し合い」の世界=天皇制/~「二人称のみの世界の対話方式」の二人の成功者、自らを純粋人間だと証明した恩田木工と美濃部都知事~https://t.co/i8GiPjxCjZ
12-22 02:50

■【「お前のお前」の責任④】二人称の関係(天皇制)に入ることが「民主主義」と呼ばれる日本教の世界/~二人称だけの世界は、二人称の「対話」が法や政策に優先する~https://t.co/a9sNxmqesq
12-22 03:00

■【「お前のお前」の責任⑤】「二人称の関係」に入らない者は、その責任を糾弾される日本教の世界/~自分の純粋性を証明すると共に「二人称の関係」に入ろうとするのが日本人の「責任」の取り方~https://t.co/FSA1dNLa7T
12-22 03:10

■【朝日新聞の「ゴメンナサイ」①】「証言」の無い日本教の世界には「偽証」はありえない/~なぜ偽証の責任問題から日本社会は目を逸らすのか~https://t.co/sVxBbLWbFb
12-22 03:20

■【朝日新聞の「ゴメンナサイ」②】私の責任=責任解除/~朝日新聞による『中国の旅』キャンペーンは「日本人は虐殺事件を起こしても、その責任者を法で裁かない」という恐ろしい宣言である~https://t.co/0MNdlEhXGk
12-22 03:30

■【朝日新聞の「ゴメンナサイ」③】日本と西欧では倫理の「基準」が違う/~日本人が幼少時より”尻から叩き込まれている”「私の責任=責任解除」という日本教の教義~https://t.co/HCpEV2ktyO
12-22 03:40

■【朝日新聞の「ゴメンナサイ」④】本多勝一に問う/~「我々の責任だ」という者は責任が解除され、「我々の責任だ」と認めない者は徹底的に追及される日本教の「狸の論理(私の責任=責任解除)」~https://t.co/lK5oRMg1aB
12-22 03:50

■【朝日新聞の「ゴメンナサイ」⑤】明治初年以来、日本と中国の関係は常に異常/~中国と「(日本教徒内部の問題処理に有効な)”二人称の関係”に入りうる」と信じて何度も失敗を繰り返す日本~https://t.co/PFJE9Qnrcs
12-22 04:00

■【本多勝一様への返書①】本多様は米寿に近い/~日本人の「謝罪」の不思議を最初に取り上げたのは夏目漱石~https://t.co/LssusfkhJk
12-22 04:10

■【本多勝一様への返書②】あるいはまた三歳の童児か/~「私の責任」という言葉と「責任解除」という言葉を結びつけ、日本教を解き明かした天才、夏目漱石~https://t.co/baFryolvUa
12-22 04:20

■【本多勝一様への返書③】「ゴメンナサイ=私の責任です=責任解除」は、日本教(人間教)における「懺悔→告解」/~子供がゴメンナサイと言わないことを叱るのは「相互懺悔の宗教教育」~https://t.co/fajpG08nqV
12-22 04:30

■【本多勝一様への返書④】なぜ天皇を糾弾しないのか/~本多勝一の唱える「責任の追及」は、壁訴訟、陰口、犬の遠吠えであって、責任の糾弾ではない~https://t.co/Qik9BztnZX
12-22 04:40

■【本多勝一様への返書⑤】残虐少尉をなぜ匿名にしたか/~本多勝一の唱える責任の追及は、実際には何もしない「天皇制下の一億総懺悔」に過ぎない~https://t.co/qDvEYASYh9
12-22 04:50

■【本多勝一様への返書⑥】この物語は伝説だ/~ルポルタージュとは伝説の中から「事実の核」を取り出す仕事であって、本多勝一のように「伝説を事実だ」と強弁することではない~https://t.co/0nzVOJUzmn
12-22 05:00

■【本多勝一様への返書⑦】天皇制は日本人の逃げ場/~「天皇の責任を追及することは私の責任だ」と言うことによって「責任が解除される」と信じている本多勝一は形を変えた天皇制支持者である~https://t.co/hUYLIhTQaj
12-22 05:10

■【本多勝一様への返書⑧】「天皇制はなくなれ」はナチの論理/~自分の考え方を最も進んだものと勝手に自己規定し、それに適合せぬものを「消えてなくならねばならぬ」と一方的に断定する本多ナチズムこそ野蛮~https://t.co/6qStuxkEPT
12-22 05:20

■【本多勝一様への返書⑨】ベドウィンはあなたをどうみたか/~本多勝一流「長いものにまかれろ」主義は”相互誤解”への道~https://t.co/Q6xFnJQ53a
12-22 05:30

■【本多勝一様への返書⑩】取材するためイスラム教徒に変装したことを「有効な手段だった」と言い放った傲慢かつ無神経な本多勝一https://t.co/VaOYMWGzMb
12-22 05:40

■【本多勝一様への追伸①】伝統的思考を、それを知らない相手に理解させることの困難さhttps://t.co/H9EdOkHYAV
12-22 05:50

■【本多勝一様への追伸②】ブランド氏の謝罪と本多様の謝罪/無意識の前提/~ヨーロッパ人と日本人では「謝罪」という言葉の意味内容が全く異なる~https://t.co/1aNmrwl1OZ
12-22 06:00

■【本多勝一様への追伸③】聖書の世界の「贖罪」とは/ナチズムの第一歩/~殺される側に立つと称し、「反論者を犯罪人の位置におく」体勢をとる本多勝一~https://t.co/4crzj41Laa
12-22 06:10

■【本多勝一様への追伸④】正義とは「瀆(けが)れた布」/~正義を口にする者は、罵詈讒謗で始まり、叫喚になり暴行になり、流血で終わる~https://t.co/7dX279D10c
12-22 06:20

■【本多勝一様への追伸⑤】争いはそれ自体罪悪である/靖国神社は西欧のイミテーション/~「争うこと自体を罪悪」とする日本の伝統的思想は、正義の「争い」に弱い~https://t.co/rzqfhcwHlB
12-22 06:30

■山本七平botまとめ/【世界最古の社会保障法】~社会的”施与”でも”恩恵”でもなかった社会保障の考え方とは~https://t.co/DoszDnx1ku
12-22 06:40

■山本七平botまとめ/【恐ろしい話①】/死の商人よりも恐ろしい「死の詐欺師」/~資源がある期間だけにすぎない産油国の富~https://t.co/26O1TTdZYp
12-22 06:50

■山本七平botまとめ/【恐ろしい話②】/「死の詐欺師」より恐ろしい「思想的(宗教的)な使命感」/~恐ろしさの”起点”は経済的動物(エコノミック・アニマル)ではない人間~https://t.co/xYDvuZ2NX1
12-22 07:00

■山本七平botまとめ/【恐ろしい話③】/「人はパンのみにて生くるにあらず」の真の意味とは/~人は何によって語られた言葉(レーマ)で生きているのか?それを知らないで生きる恐ろしさ~https://t.co/Z6HLqeqpO9
12-22 07:10

■山本七平botまとめ/【バシー海峡①】/日本の敗滅は「バシー海峡」にあり/~なぜ日本人はバシー海峡という言葉を忘れてしまったのか?~https://t.co/7xanddLGtC
12-22 07:20

■山本七平botまとめ/【バシー海峡②】/日本の近海で猛威を振るっていたアメリカ軍潜水艦https://t.co/b5NZ9mKDig
12-22 07:30

■山本七平botまとめ/【バシー海峡③】/「バシー海峡の忘却」は真実が何一つ語られていない証し/~アウシュヴィッツに優る大量溺殺死のベルトコンベアと化したバシー海峡~https://t.co/vXzfimVUeg
12-22 07:40

■山本七平botまとめ/【バシー海峡④】/「バシー海峡の悲劇」はまだ終わっていない!/~「やるだけの事はやった」という”バシー海峡的”行き方を続けている日本人~https://t.co/GUbGbATzGv
12-22 07:50

⑯この場合「酒不飲」はいうまでもなく漢文である。まことに混沌とした感じだが、これは自分の心の中にある歌を、何とかして、その当時の日本の周辺世界にあった唯一の文字で書き表わそうという苦闘の結果だった。日本語が中国語だったら、だれもこんな苦労はしない。
12-22 08:12

⑰その意味で幼いアビガイルちゃんが、日本語は中国語ではない、その証拠に「かな」があると言ったのは御名答というべきであろう。そこにあった苦闘は、漢字に圧倒されて日本語を殺すか、漢字を手なずけて日本語の文字にしてしまうかという苦闘だった。
12-22 08:42

⑱そしてもしそれができなければ最初に生命を失うのは詩と歌だったはずである。和歌を漢文にすれば死んでしまう、それはもう歌ではない。この点ロドリーゲスがかなの使用で「韻文(ヴェルソ)や詩(ポエージア)の書物を書く」のに用いると記しているのは、正確な記述というべきであろう。
12-22 09:12

①【かな文字文化完成への苦闘】だが、一つの文字文化――それはその文化の基本を形成するものだが――を、何の模範も前例もなく、文字通り創出しようとするものは、常に苦闘を強いられた。日本人が「かな」の完成へと苦闘する三千年以上も昔に、セム族のアッカド人も同じような苦闘をしていた。
12-22 09:42

②…(楔形文字の解説省略)…さてこうなると 一個の文字が何を表わしているのかわからなくなって、まことに「戦慄すべき楔形文字」となった。だが彼らは、あらゆる工夫をしてこの混乱から脱却していった。
12-22 10:12

③それは日本人が「かな」へと脱却していったのと方向が違ったとはいえ、最終的にはラッ・シャムラの楔形文字アルファベットヘと進んでいったわけである。こう見ていくと、日本人がやってきたことは、多くの創造的な民族がやってきたことで、その点において日本人もまた例外ではなかった。
12-22 10:42

④その意味で「かな」の創造は一種、普遍的な現象であったといえるが、日本人の出発は――他の多くもそうだが――彼らの出発よりはるかにおそかった。しかし「かな」への脱却はきわめて早かったといえる。そしてそこで遭遇した苦労は似たようなものであった。
12-22 11:12

⑤ロドリーゲスも記しているが、中国語と日本語を言語学的に見ると、その基本が全く違うことがわかる。中国語は単音節語で孤立語であり、一音節で一語となり、動詞や助動詞の活用がない。
12-22 11:42

⑥一方日本語は多音節語で膠着語であり、一音節で一語になるものもあるが多くは二音節以上で一語になり、動詞・助動詞は活用し、さらに主語・動詞・目的語の語順が違う。簡単な例をあげれば中国語は「我行学校」だが、日本語はどんなに短くしても「我学校に行く」である。
12-22 12:12

⑦一体この状態からどうやって「かな文字」と「かな文章」を創造していったのであろうか。それはまず極めてプラクティカルな面から行われたものと思われる。
12-22 12:42

⑧日本人はまず自らの人名・地名を表記するのに漢字を表音文字として使うか、韓国人のように自らの名を中国名に変えてしまうかを選択しなければならなかった。
12-22 13:12

⑨日本人は「有麻移刀等巳刀弥弥乃弥己等(うまやどとよとみみのみこと/聖徳太子)」「巽宜有明子(そがうまこ/蘇我馬子)」や、「斯帰斯麻(しきしま/磯城島)」と記しても、人名・地名を中国名にしようとしなかった。もちろん例外はあるが、古い地名は大体アイヌ語であるといわれる。
12-22 13:42

⑩そして次に、漢字の語順を日本語の語順に並べかえて、日本式に訓で読んだ。そして助詞および動詞・形容詞の用語の活用語尾や助動詞は、小さな漢字で二行割りにして書き、それを音節文字として活用した。この部分を片かなにすれば、そういった文章は今でも大体は読める。
12-22 14:12

⑪簡単にいえば「我学校〔仁〕行〔久〕」である(註:〔〕内が小さな漢字で二行割り)。この書き方が「宣命(せんみょう)書き」で、元来は口頭で伝える詔勅の意味だが、それをそのまま筆記した書き方ということであろう。そのような形で徐々にかなへの道を進んだのであろう。
12-22 14:42

⑫この宣命書きから出たカタカナは、ひらがなとは、その発生が違うように思われる。しかし表意文字を表音文字として読むというヒントは同じで、その間に、何と言っても決定的なのは前述のように詩歌であったろう。
12-22 15:12

⑬ではこのような書き方、ロドリーゲスの言葉を借りれば、「それらの文字が本来持っている、ある事物についての意味は取除いて、ただ名称(読み)だけを残した」という用法は、完全に日本人の独創であろうか。「かな」はもちろん「独創」だがそれを造り出すヒントが何かあったのではないか。
12-22 15:42

⑭私はあったと想像している。というのは中国に留学した僧は、仏典の中に漢字によるサンスクリットの音写を見た筈だからである。多くの日本人が写経する『般若心経』の末尾の「掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎詞 般若波羅密多心経」は表意文字として読めば末尾以外は意味をなさない。
12-22 16:12

⑮言うまでもなくそれはサンスクリットの漢字による音写で…「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、さとりよ、幸あれ」の意味である。…中国が専ら文化の輸出国であった場合は問題ないが、輸入国に転ずると常に同じ問題を生ずる。
12-22 16:42

⑯イエズス会士が訳した中国語聖書の「マタイ福音書」の冒頭を読むとまるで万葉がなのようである。「亜伯拉罕(アブラハム)之裔(すえ)大闢(ダビデ)之裔耶蘇基督(イエスキリスト)族譜」ここでは漢字が固有名詞に関する限り表音文字として、その意味を除いた単なる音として使われている。
12-22 17:12

⑰そしてこの新約聖書を見ていくと、どの音にどの漢字をあてているかは、ある程度は基準があり、モーセは常に摩西、マリアは常に馬利亜、エルサレムは常に耶路撤冷だが、全部を並ベてアルファベットに対応させてみると、完全な統一的基準があるとはいえない。
12-22 17:42

⑱しかし、中国人もまた漢字で音のみを表わさざるを得ない場合があり、仏典を通じて日本人がそれを知ったとしても不思議ではない。これは想像にすぎないが、以上のようなことも、あるいは宣命書きのヒントになったかもしれない。
12-22 18:12

⑲そして、そのような形で「かな」への道を歩んだのであろうが、何といっても決定的なのは繰り返して言うが詩歌であっただろう。「歌う」ことができねば歌ではない。多くの国の最古の文学は神謡もしくは詩である。
12-22 18:42

⑳旧約聖書の最も古い部分は「モーセの姉ミリアムの歌」と「デポラの歌」だが、これも一種の神謡といえる。また中国では『詩経』であろう。そして日本の伝承の詩や歌は、漢文にすれば死んでしまう。
12-22 19:12

①【日本文学の独自性・普遍性】そして「戦慄すべき楔形文字」を連想させる万葉がなが「いろは歌」のような形で『かな』として成立すると、日本人は、百花燎乱ともいいたい古典文学の世界を生み出した。<『日本人とは何か(上)』
12-22 19:42

②『古事記』『万葉集』『源氏物語』『古今和歌集』『平家物語』といった著名な作品だけでなく、ドナルド・キーン博士が『日本人の日記』の中で取り上げた膨大な日記文学にいたるまで、そこには、自国語を漢文の拘束から解放し、自由自在に自国の文字で語っていける喜びと豊饒さが現われている。
12-22 20:12

③私は韓国にこの様な自国語の古典文学がない事を知った時、一種の衝撃を感じた。もっとも『三代記』という『万葉集』のような歌集があったらしいが、それは失われ、遥か後代の十二、三世紀の『三国遺事』の中にその一部が漢字で集録されている事を知った時、一体なぜその様になったのか、(続
12-22 20:42

④続>小林秀雄が『本居宣長』の中で記しているように「文化の中枢が漢文で圧死させられた」のか、との何ともいえぬ不思議な感じに打たれた。「万葉集という歌集はとにかく我々が無条件に楽しめる文化遺産である」(岩波版日本古典文学大系「解説」冒頭)といえる遺産をもつ我々は幸福である。
12-22 21:12

⑤万葉は今も生き続けている。暇無く人の眉根をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かもこういった歌を読むと何となく私は…『サラダ記念日』的な歌を連想し、こういう伝統は消えそうで消えず、民族の心の底に見えぬ流れとなって流れ続け、時々、噴水のように噴き出してくるような感じをうける。
12-22 21:42

⑥だが、この『万葉集』が成立していく四百年間こそ、同時に日本国家の基礎が確立して行った時期であった。日本は自らの文字を創出しつつ、自らの文学と国家を創作していったわけである。この点でも日本人は、相も変わらぬ駆け足民族である。
12-22 22:12

⑦自らの文字を造ると、いきなりその文字で自らの言葉の自らの文学を創作した民族は珍しい。自らの文学を創作するにあたって、ローマ人は長い間ギリシア語を用い、ヨーロッパ人は長い間ラテン語を用いても、自国語は用いなかった。
12-22 22:42

⑧この点では、自国の文学をあくまで漢文で記そうとした韓国人の方が普通なのかもしれない。李朝の世宗がハングルを造ったのは1446年すなわち足利時代だが、ハングル文学の出現は十七世紀といわれる。
12-22 23:12

⑨「かな」ができても、日本人は漢文を捨てたわけではない。漢文は中国およびその周辺民族にとって一種のエスペラントであった。ロドリーゲスは次のように記している。
12-22 23:42

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山本七平bot(@yamamoto7hei)がつぶやくツイートを日毎にまとめるブログです。
ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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