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11/16のツイートまとめ

yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/1990年に向けて③】潜主(テュラノス)を生み出す民主制を制御するため「法(ノモス)を王(支配者)の上に置く」のが西欧民主主義の基本https://t.co/DmrSMyttO4
11-16 00:00

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/1990年に向けて④】国民が自ら法を創出する体制が民主主義/マスコミが「なるなる論」と「徳治」を唱えても無意味https://t.co/TOQXXDslSo
11-16 00:10

■山本七平botまとめ/【1990年代の日本/1990年に向けて⑤】政治倫理を声高に叫んだり、自浄作用に期待したりするのは非民主主義的な考え方https://t.co/sVZY1h6RlO
11-16 00:20

■山本七平botまとめ/【21世紀への課題】日本社会に欠けている「科学」と「民主主義」/「近思録的擬似科学」と「民主主義もどき」な伝統を自覚し、欠けた部分を補うのが21世紀の日本の課題https://t.co/yMooh5at4W
11-16 00:30

■山本七平botまとめ/【文庫版へのあとがき】マッカーサーという”権威”から与えられた憲法は変えられない/「式目と幕府」という日本独自の伝統で現実に対処せよhttps://t.co/COrdHvosd0
11-16 00:40

■山本七平botまとめ/【報道の深層心理】地球村の「負い目の裏目」に配慮がまったく無い日本のマスコミhttps://t.co/6bCbvgKbeT
11-16 00:50

■山本七平botまとめ/【日本語の国際化】日本語の国際化に伴う「仲間うち」の批判や非難が孕む問題点/日本語圏内の「仲間うちの理解」を前提とした言論は日本を誤解させるだけhttps://t.co/Sh22pwt1Vo
11-16 01:00

■山本七平botまとめ/【出版倫理と読者】民主主義社会の原則は内的規範と外的規範の峻別/~どのような悪逆な妄想にふけろうと、その行為が法に触れた場合のみ法的規制の対象となる~https://t.co/Z5XQVttWnC
11-16 01:10

■山本七平botまとめ/【法と倫理の間】「法の前に人は平等」と「期待の倫理」/~「民主的」の名のもとに中国の専制政治の考え方「”聖人君子”政治倫理法」が復活しかねない日本社会~https://t.co/IxaE2JWKC6
11-16 01:20

■山本七平botまとめ/【法は大信、言は喜怒】大衆社会とは「大衆帝王」の時代/~義憤にかられ、憲法で保障された個人の基本的権利を否定するようになれば、七世紀の中国にも劣る~https://t.co/FMhln1DpKn
11-16 01:30

■山本七平botまとめ/【日本資本主義の精神/まえがき】明治と戦後の”発展”をもたらし、太平洋戦争という”破滅”をもたらした「呪縛(伝統)」に無自覚なままの日本人https://t.co/EE48KDK0cG
11-16 01:40

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか①】日本の社会を動かす「見えざる原則」https://t.co/LYwAmAFskA
11-16 01:50

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか②】輸入の「タテマエ」で他を批判し、自分は「見えざる原則」で行動するという”行き方”を相互に批判しないのが日本の原則https://t.co/V0PSGdWetK
11-16 02:00

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか③】「世間という書物」から日本の社会構造と各人の精神構造を学び取るも、それを「言葉に出来ない」失語症的状態の中小零細企業主https://t.co/mhEOrOwidD
11-16 02:10

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか④】日本ではアメリカ式経済学、経営学は役に立たないhttps://t.co/OuZJrXKGzt
11-16 02:20

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか⑤】終身雇用契約のない終身雇用https://t.co/2SAvjX2DLa
11-16 02:30

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか⑥】徳川時代の年功序列制(丁稚、手代、番頭、大番頭、宿這入り、暖簾分け)/中小企業の年功序列制は徳川時代に完成していたhttps://t.co/U0Dzh7GuH7
11-16 02:40

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか⑦】仕事は経済的行為ではなく精神的行為/会社という”共同体”には、機能集団として必須の「組織の原則(社規・就業規則)」は必要なかったhttps://t.co/smntvhs0Qt
11-16 02:50

■山本七平botまとめ/【日本のこれまでを支えたものは何だったのか⑧】日本の会社は、機能集団と共同体の二重構造https://t.co/2xpcmHnUy0
11-16 03:00

■山本七平botまとめ/【戦中・戦後をつらぬく"目"①】フィリピン従軍体験についてhttps://t.co/ZrDoctx9Qk
11-16 03:10

■山本七平botまとめ/【戦中・戦後をつらぬく"目"②】現代は社会的居候を養っていける社会https://t.co/K8JJDVMU0o
11-16 03:20

■山本七平botまとめ/【戦中・戦後をつらぬく"目"③】投降についてhttps://t.co/TKxWgLPT7R
11-16 03:30

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割①】キリスト教徒の聖書副読本だったヨセフスの「ユダヤ古代誌」/ヨセフスがいなければキリスト教はなかったかも知れない。https://t.co/ePmSzSNpfx
11-16 03:40

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割②】ヨセフスの全著作を二十世紀まで残した「フラウィウス証言」https://t.co/Pp3uMcjiyZ
11-16 03:50

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割③】キリスト教徒の始祖をアブラハムにしてしまったヨセフスhttps://t.co/yCUIEpSyNW
11-16 04:00

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割④】いたるところに存在する「聖書」とヨセフスの著作「ユダヤ古代誌」との混同https://t.co/iEX4ARqAcR
11-16 04:10

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑤】人類史に類例がないような数奇な運命を辿ったヨセフス/~ローマ支配下においてユダヤ人とギリシャ人が抗争した理由とは~https://t.co/seFRtvPNys
11-16 04:20

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑥】ユダヤ人とギリシア人の抗争に手を焼いていたローマ帝国https://t.co/TNMuLyfT4d
11-16 04:30

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑦】自信家で自己宣伝屋だったヨセフスhttps://t.co/lqFSfY5Q2D
11-16 04:40

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑧】過激派のリーダーになってローマとの停戦を目論んだヨセフス/~ローマ帝国との戦いであり、下層階級による革命でもあったユダヤ戦争~https://t.co/3nsKkkUfMM
11-16 04:50

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑨】ヨセフスの予型論(タイポロジー)/~ガリラヤ軍の総指揮官ヨセフスがヨタパタ陥落で取ったローマへの降伏という選択肢~https://t.co/whXswkcYdP
11-16 05:00

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑩】全員の自決を強要する同胞との戦いを”神の摂理”によって回避したヨセフスhttps://t.co/NfupLhuUd9
11-16 05:10

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑪】皇帝ネロの粛清を恐れたウェスパシアノスを突き動かしたヨセフスの予言https://t.co/nrERMtkCg0
11-16 05:20

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑫】ローマ帝国に充満した反ユダヤ的主張に徹底反論し、自国の歴史と自民族の偉大性をローマ世界に広く紹介した超一流の宣伝マン、ヨセフスhttps://t.co/szYnyROjT7
11-16 05:30

■山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割⑬】律法(トーラー)を歴史(ヒストリア)にしてしまい、ギリシア・ローマ世界を根本から変えてしまったヨセフスhttps://t.co/huouG6BhLe
11-16 05:40

■【言葉の踏絵と条理の世界①】不思議な殉教/自由主義者を名乗ろうがマルクス主義者を名乗ろうがクリスチャンを名乗ろうが、全ては「一向宗」に過ぎない日本教徒https://t.co/ghFSazK2xG
11-16 05:50

■【言葉の踏絵と条理の世界②】踏絵と焚香/「踏絵の日本」と「焚香のアメリカ」/”無意識の前提(日本教)”を意識しないが故に「言葉の踏絵」の世界から抜け出せない日本人https://t.co/5PaAg6LoPW
11-16 06:00

■【言葉の踏絵と条理の世界③】論理と条理/~日本語とは「論理(ロゴス)無き言葉(ロゴス)」の宗教用語~https://t.co/Fp6b6nRRuJ
11-16 06:10

■【実体語と空体語のバランス①】天秤の世界/なぜ日本人は狡猾であると思われるのか/”実体語”と”空体語”のバランスからなる日本教の不思議な世界「天秤体制(バランスクラシー)」https://t.co/q4Z6tKe97c
11-16 06:20

■【実体語と空体語のバランス②】攘夷論者が政権を取った途端、開港した理由/~初代駐日領事タウンゼント・ハリスに「正義、真実の何たるかを知らない」と評された日本人~https://t.co/yFEegAFaUW
11-16 06:30

■【実体語と空体語のバランス③】日本において生存を許されなかった二人の日本人、山県大弐と三島由紀夫/~「天秤の論理」を許せなかった”非日本教徒日本人”三島由紀夫~https://t.co/SvlXqqq8AX
11-16 06:40

■【実体語と空体語のバランス④】柳子新論について/~二権分立(朝廷・幕府並存)状態を正しくないと非難した山県大弐~https://t.co/cYPZOzAout
11-16 06:50

■【『檄文』の論理①】『檄文』は狂人の文章ではない/~三島由紀夫が「体をぶつけて死ぬ」といった対象は「憲法」ではなく、日本教の「天秤の世界」だった~https://t.co/j7zcLWHYJm
11-16 07:00

■【『檄文』の論理②】「非論理的正常人=司馬遼太郎」と「論理的狂人=三島由紀夫」/~人間という”支点”で論理を中断する者がノーマルな日本教徒~https://t.co/RB45sne244
11-16 07:10

■【『檄文』の論理③】日本教の教義第二条「人間の価値は”天秤の支点”の位置で決まる」/~人間を「純粋な人間」と「純粋ではない人間」にわける日本人~https://t.co/kO4fKZxI4K
11-16 07:20

■【神は空名なれど…①】鎌田柳泓(りゅうおう)の思想/~なぜ日本教は宗教で、日本人は無神論者なのか~https://t.co/2BDfw92gON
11-16 07:30

■【神は空名なれど…②】鎌田柳泓の『心学奥の桟(かけはし)』/~「神は空名(エンプティ・ネーム)なれど、名あれば理(リーズン)あり、理あれば応(レスポンス)あり」の日本教の世界~https://t.co/LbqNPgtG8C
11-16 07:40

■【神は空名なれど…③】日本教では神が被造物/「空名の神といえども敬わなければいけないことは知っている」という絶対に相手を受け入れない非寛容な言葉を「寛容で理解を示す態度だ」と信じ切っている日本人https://t.co/5xJibF6r9A
11-16 07:50

⑦私は、しばし無言だったが、少し落ちついてから、そう考える理由を聞いてみた。そしてやっとわかったことは相手は何かで「六道輪廻(りんね)」を知り、「天・人・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄」が、因果によって転生するということを、彼なりに理解した結果であった。
11-16 08:12

⑧いわばこの思想をキリスト教的世界観と短絡させ「単線的・一面的な見方」をすると、「罪を犯した者は罰として動物に転生する。従って動物とは罪人である」という、われわれにとって、思いもよらぬ見方になってしまう。
11-16 08:42

⑨さらにそのうえ、彼が「良き羊飼は羊のために命を捨てる」というイエスの比喩を持ち出してこれと対比してくると、少々うんざりする。だがここで、私がどう反論し説明したかを記す気はない。問題は同じことを、政治・経済・宗教等で、われわれもやっていないだろうか、ということ。
11-16 09:12

⑩さらにいわゆる「世論」における「称揚と否定」の振幅が常に大きすぎるのではないか、と思われることである。おそらくこれは、ある現象を自己の世界に短絡させ「直線的・一面的」に見る結果だと思われる。
11-16 09:42

⑪この「称揚面」だけが見える、「否定面」だけが見えるという現象は、日本人であれ外国人であれ、相手にあるよりも、むしろ自己の内にある「心理的要因」に基づくのであろう。
11-16 10:12

⑫そしてその「直線的・一面的」見方の正当化を、相手の正典や経典の中のある部分、時には片言隻句の引用で行おうとする。イギリス系アメリカ人の「六道輪廻」論と同じように「ヨーロッパ人は労働を神の罰と考えている(従って勤勉ではない)」という考え方が日本にある。
11-16 10:42

⑬だが…集団力学研究所の日米労働意識調査における勤労意識の総合的評価では、日本が5.8、米国が5.6で有意差は殆どない。もちろん、意識の内容まで立ち入れば、当然に様々な差異はあるが、旧約聖書そのものでさえ、前記のような片言隻句で片づけるわけにはいかない。
11-16 11:12

⑭「箴言」や第二正典の「ベン・シラの知恵」の勤労観を見れば、明らかであろう。いずれも「単線的・一面的」には捉え得ないのである。
11-16 11:42

①【法と倫理の間】「政治倫理法を制定せよ」こういう声があったことが、新聞に小さく報道された。『「空気」の研究』(文藝春秋)で記したが、日本は「教義(ドグマ)」なき国なので、「政治倫理」という「空気」が出来てしまうと、それが万能になってしまう。<『「常識」の非常識』
11-16 12:12

②「政治」「倫理」「法」という、それそれの定義が相当にむずかしいものを、このように簡単に一体化してよいのであろうか。だがこういう「空気」が出てくることは、それを可能にする伝統的背景があるからであろう。この点について少し考えてみたい。
11-16 12:42

③「法」と「倫理」は同じではない。簡単な例をあげれば競馬・競輪・競艇に行くのは「法的な罪」ではなく、従って罰せられない。しかし個人がゲーム機械で競艇同様の賭場(とば)を開いて客を呼べば共に罰せられる。
11-16 13:12

④賭博が非倫理的だからというなら、一方を罰して一方を罰しないのは確かにおかしい。しかしこれは「倫理」から見ておかしいのであって、「法」から見ておかしいのではない。さらに「法」は強制力をもっているが「倫理」はもたない。
11-16 13:42

⑤「賭博は非倫理的行為だからしない」のは「倫理」だから、「万人がこれをしてはならない、競馬・競輪・競艇に行ってはならない」と他に強制することはできない。さらに「法の前に人は平等」だが、「倫理」は必ずしもそうではない。いわゆる「期待の倫理」がある。
11-16 14:12

⑥いわば職業的泥棒が泥棒をすることと、聖職者が泥棒をすることを人は同じと見ない。もちろん法的には共に平等に罰せられるであろうし、そうあるべきだが、倫理的糾弾は聖職者の方がはるかに強く受けるであろう。
11-16 14:42

⑦これは倫理的に見れば当然だが、だからと言って「聖職者倫理法」という特別な法をつくるということは許されない。これらは近代社会においては当然の前提であり、これが崩れたら大変である。政治学者モスカは次のように言っている。
11-16 15:12

⑧【…一般に、人々は、自分達の支配者に対して、最もデリケートな道徳的資質をもち、公的利益のほうを多く考えて、自分の利益を考えないようにと主張するが、自分自身が問題となり、特に自分が他人を追い越して最高の地位につこうとしている時には、(続】
11-16 15:42

⑨【続>今度は自分が、何の苦痛もなく、支配者の間違いない道案内になっている教えを守るのである。だから実際問題として、我々が支配者に正当に要求できるのは、せいぜい、支配者たる彼らが、自ら統治している社会の道徳の平均水準以下に落ちてほしくないこと、(続】
11-16 16:12

⑩【続>自分の利害をある程度まで公的利害と調和させてほしいこと、そして、余りにも低劣で、余りにも安っぽく、余りにも反感を買うようなこと――要するに自分が生活している環境の中でそれを行えばその人の地位が失われるようなこと――は何一つしてほしくないということだけである。】
11-16 16:42

⑪私などはまさにこの通りだと思うし、私の見るところ、普通の日本人の政治家への「期待の倫理」は、だいたいこの線だと思っている。だがこれはあくまでも「倫理」であるから「期待」はできても、「法」のように強制することはできない。そしてできなくても当然なのである。
11-16 17:12

⑫そしてこのモスカの考え方では「政治倫理法」はもちろん、特別な「政治倫理」というものがあるという考え方もしていない。
11-16 17:42

⑬ただ要請されているのは、「社会の道徳の平均水準以下に落ちてほしくないこと」であり、それならば、要請されているのはごく一般的な「社会倫理」であっても、何か特別な「政治倫理」ではない。
11-16 18:12

⑭ではなぜ「政治倫理法」などという不思議な、まことに非近代的な考え方が出てくるのであろうか。これはやはり日本が、中国文化の影響を強く受けつづけて来たからであろう。中国では皇帝と官僚は「聖人君子」であらねばならなかった。
11-16 18:42

⑮というのは、一般の庶民とは違う「政治倫理」を要請されたのである。すなわち「刑は士大夫にのぼせず、礼は庶人に下さず」で、士大夫は一般の法の適用をうけないが、それより厳しい倫理に従わねばならず、大きな権限をもっていたが、同時に法の保護をうけられないという位置にいた。
11-16 19:12

⑯庶人は法を犯さない限り刑にふれることはなかったが、士大夫は「賜死」で自殺しなければならず、このとき法の保護はなかった。それはまさに士大夫だけに適用される「政治倫理法」があったと言ってよい状態だったのである。そこには前述のモスカのような原則はない。
11-16 19:42

⑰伝統とは不思議なもので、それが全く忘れられているように見えて、外来の思想が来ると「掘り起こし共鳴現象」を起こして、別の表現で復活して来る。このことを指摘されたのが、京大の矢野暢教授で、非常に重要な指摘だと思う。
11-16 20:12

⑱「民主的」の名のもとに、中国の専制政治の基本的な考え方が復活して来ることももちろんあり得る。文化を考える場合、この視点を常に失ってはならないであろう。
11-16 20:42

①【法は大信、言は喜怒】弁護士の淡谷まり子氏が「田中角栄を弁護する者は国民の敵か」という一文を雑誌に寄稿しておられる。これは相当に大きな問題を含んでいると思われるので、以下に少し、これについて私の考え方を記しておきたい。<『「常識」の非常識』
11-16 21:12

②言うまでもなく「すべての人間には裁判を起こす権利」があり同時に「弁護人を依頼する権利」があることは、日本国憲法を持ち出すまでもなく、民主主義における基本的権利である。
11-16 21:42

③だが、民主主義以前に、いわば専制的な君主制の時代に既に「皇帝の命令といえども法に違反していれば無効である」という考え方が多くの民族文化の中にあった。様々な例があげられるが、ここでは旧約聖書やギリシア・ローマ文化圏は除き、日本に最も大きな影響を与えた中国の例をあげてみよう。
11-16 22:12

④時代は遣唐使がはじめて中国に行ったころである。『貞観政要』は「帝王学」の教科書として、古くから日本の指導者に愛読され、特に徳川家康がこれを深く学んだことで有名な本だが、この中の「論公平第十六」という章に次のような記事が載っている。
11-16 22:42

⑤唐の太宗は実質的に「唐」という中国最盛期の大帝国の基いを立てた人だが、何しろ新しい王朝の創立時だから、官吏が不足して行政事務が停滞して大変にこまった。そこで、かつては敵であり自らそれを倒した「隋」の官吏をも広く登用することにした。
11-16 23:12

⑥明治維新政府が、有能な幕府の官吏を登用したことはよく知られており、外国人などには不思議がる人もいるが、私はこれは、家康が自ら『貞観政要』を開板し、その結果、広く民間にまで読まれたことの成果だと思っている(『帝王学〔貞観政要〕の読み方』参照)。
11-16 23:42

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ちなみに、今までこちらのアドレスに存在したブログ「一知半解なれども一筆言上」管理人がつぶやくツイートまとめ記事は→http://yamamoto8heitweets.blog.fc2.com/ へ引越しいたしました。よろしくどうぞ。

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