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yamamoto7hei

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性①】/一種の無責任体制となってしまった日本軍/~合理的な組織である筈の日本軍が抱えていた不合理性とは~https://t.co/jsOeahbeXR
11-11 00:00

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性②】/日本軍が常識や実生活から遊離した組織となってしまった理由とは/~輸入された組織が陥る「ものまね」の陥穽~https://t.co/lmSjIlPBPj
11-11 00:10

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性③】/日本人の気質にマッチしない”ものまね”組織/~輸入した合理的組織が硬直化し、非合理化してしまう理由~https://t.co/Q4t2sHzSbw
11-11 00:20

■山本七平botまとめ/【不合理性と合理性④】/戦犯容疑者収容所の日本人捕虜集団が暴力支配に陥った理由とは/~”ものまね”組織の崩壊が自己の伝統的秩序すら打ち壊す~https://t.co/tTPsrDktSg
11-11 00:30

■山本七平botまとめ/われわれは、北条政子や徳川家康が抱いたような危機感を持って「守文」を考えているだろうか?/~守文(維持的発展)は「創業の精神に立ち戻ること」ではない~https://t.co/EYc7MfvXof
11-11 00:40

■山本七平botまとめ/【表現の本質】/”無農薬野菜”表示のような「電気なし生活」をPRした原発反対運動の茶番https://t.co/BkGzNmUCKM
11-11 00:50

■山本七平botまとめ/【感覚の違いを旅に学ぶ】/理屈ではどうにもならない「異質の感覚」と共生した経験のない同質民族の日本人https://t.co/YgWOrfEgAS
11-11 01:00

■山本七平botまとめ/【知の沈黙の時代】/専門家の口が封じられ、「雑識をつめこんだ幼児」の幼稚な意見が幅を利かす日本社会https://t.co/p3ba27m8H1
11-11 01:10

■山本七平botまとめ/【原則は簡単です】/この世で、書かれたもののうち、一番恐ろしい害悪を及ぼすのは「虚偽」ではなく「一部を作為的に欠落させた事実の提示」である。https://t.co/awARGN3c1A
11-11 01:20

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観①】/「事件を事件として」処理する能力が、今の日本人にあるだろうか?https://t.co/7CedGfiYzj
11-11 01:30

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観②】/「平和憲法」を”占領手段として”利用したマッカーサー/~自己との苦しい戦いを回避して、安易な選択(戦争)を選び、滅亡した日本~https://t.co/UQDB6nWd5w
11-11 01:40

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観③】/役に立たなかった大日本帝国陸海軍https://t.co/yJS0Vqo58t
11-11 01:50

■山本七平botまとめ/【マッカーサーの戦争観④】/「可能か・不可能か」の探究と「是か・非か」の議論が区別できない”日本的思考”/~「食糧・燃料を含めた軍備」なき立場の日本人が思考を取り戻す為にすべき事とは~https://t.co/QIDmIdR1oE
11-11 02:00

■山本七平botまとめ/消費税には反対できても、産油国から科される石油消費税には逆らえない日本/~日本人が空気の如く当然としている「国際環境」を崩壊させかねないエネルギー問題~https://t.co/YVORDKm3JS
11-11 02:10

①【聖書の世界の「贖罪」とは】しかし、すべては「自明」の再検討から始まるはずですから、ここでまず教会闘争の人々およびブラント氏の「自明」からはじめましょう。両者の背後には、聖書の世界の「贖罪」という伝統的な考え方があります。<『日本教について/イザヤ・ベンダサン』
11-11 08:12

②これは本多様のいう謝罪とは全く意味が違う考え方です。この「贖罪」という思想は非常に古く、おそらくは旧約聖書の最古の資料にまで遡りますが、これを一つの思想として明確にしたのは第ニイザヤでしょう。
11-11 08:42

③ヘブル思想の最高峰といわれる彼の思想、ヘブル文学の精華といわれるその詩、特に『苦難の僕(しもべ)』は、さまざまな面で聖書の民に決定的な影響を与えており、簡単には要約できませんが、その中の特徴的な考え方の一つは「人は他人の罪責を負うことができる」という考え方です。
11-11 09:12

④一見奇妙な考え方と思われるかも知れません。しかしこの罪責を栄誉と置きかえてみれば、人はみな当然のことのように他人(先人も含めて)の栄誉をにない、本多様とて例外でないことにお気付きでしょう。本多様は、砂漠にただ一人、自生されたわけではありますまい。
11-11 09:42

⑤二十世紀の日本という社会に生れ、何の権利もないのに、その社会の恵沢と栄誉を、当然のこととして負うておられます。従って本多様が「幼児であったから」「責任がない」といわれるなら、日本の伝統的文化、それにつづく現代社会の恵沢と栄誉を受ける権利も放棄されたことになります。
11-11 10:12

⑥責任を拒否した者に権利はありますまい。人間は生れる場所も生れる時も選ぶ事が出来ないが故に歴史に対して責任があると考えうる時、初めて人間が「人間」になるのであって「俺は生れた場所も時も自分で選んだのではないから責任はない」といえば、これは獣に等しい筈ですが、(続
11-11 10:42

⑦続>そう考えうること自体が、実は、恵沢を受けている証拠なのですから、この態度は「栄誉と恵沢は当然のこととして受けるが、罪責を負うことは拒否する」ということになります。
11-11 11:12

⑧少なくとも聖書の世界では、これを最も恥ずべき態度と考えますので、ブラント氏がもしワルシャワで本多式のあいさつをしたら、すべての人が彼に背を向けたでしょう。
11-11 11:42

⑨なぜならこれは「財産は相続するが、負債はおれには関係がない、なぜならその借金は、おれの幼児の時のもので、当時何も知らなかったからだ」と言うに等しいからです。
11-11 12:12

⑩ブラント氏がドイツ人であるならば、その伝統という遺産とともに罪悪という負債をも継承するのが当然であり、またドイツ人を同胞すなわち兄弟と呼ぶなら、同胞の罪責を負うことはできるし、負うのが当然(自明)のことだからであります。
11-11 12:42

⑪罪なき者が他人の罪を負って打たれ砕かれる。この時初めて、負った人は負わせた人々を同胞と呼びうる。既に「他人」ではない。従って同胞としてその罪を糾弾する権利があると同時に、その罪禍で苦しめられた人々に謝罪する権利も生ずる。そしてそれをする事によって和解が成立する――
11-11 13:12

⑫…(引用詩省略)…ワルシャワのブラント氏の記事を読むと、この古い詩がそのまま浮かんできます。氏はワルシャワの血に対して責任がないがゆえに謝罪し、謝罪することによって、自分に罪を負わせた者を同胞と呼ぶことができ、かつ同胞として糾弾する権利があるわけです。
11-11 13:42

①そしてこれによってその民族は、その遺産とともに負債(罪責)も継承して行きます。【ナチズムの第一歩】と考えますと、本多様のあいさつは、実に恐ろしい言葉だと言わねばなりますまい。<『日本教について/イザヤ・ベンダサン』
11-11 14:12

②もう一世代もたてば、日本中が「南京虐殺当時私はまだ生れておりませんでしたから、あの事件に私は何の関係もありませんし、責任もありません」といいながら遺産だけは手離さない人間だけになってしまうでしょう。
11-11 14:42

③「恵沢をうけたのだから災いも受けるべきだ」というヨブの言葉は、恐らく現在既に本多様自身がはっきり拒否されています。そして中国にとって「日本の軍国主義復活」よりも恐ろしいのはこの考え方でしょう。
11-11 15:12

④というのは一定の時間が経つだけで、自動的に全日本人に責任がなくなってしまうのですから。そして、ある時点で自動的に責任がなくなると考えること自体が、実は、その時間を現在に還元しているのですから、現在すでに責任がないことになってしまいます。
11-11 15:42

⑤こういう考え方は、ニヒリズムという以外に名づけようがないと思います。さて、ここで必然的に本多様の論理は次のようにならざるを得なくなります。「問題は過去よりも現在なのです…過去の軍国主義の”おわび”をしたところで何もなりません」これは実に不思議な言葉であります。
11-11 16:12

⑥人間の謝罪はすべて過去のことに対して行なわれるのにきまっております。未来のことに謝罪することは始めからありえません。しかし謝罪そのものは現在のことであり、未来を規定するもののはずです。しかし本多様は明らかにそう考えておられない。
11-11 16:42

⑦逆に「謝罪をすればそれですべてが終了する(責任解除になる)からしない、してはならないし」と考えておられる。これは「私の責任=責任解除」という考え方を自明の前提としておられる証拠になります。
11-11 17:12

⑧従って「謝罪するか、それとも反対に天皇の責任を追及するか」という二者択一になってきますが、「罪を負って謝罪したのだから、負わせた者を同胞と呼びうると同時に、同胞としてその責任を追及する権利が自分にある」という考え方にはならないわけです。
11-11 17:42

⑨しかし人間がだれかの責任を追及できるなら、それはその権利を有する人に限られるはずです。本多様御自身も、自分に全く関係のない人から、何らかの追及をうけたら、「君にはそういう権利はない」といわれるでしょう。これはすべての人間がもつ権利のはずです。
11-11 18:12

⑩では「この罪悪に対して責任がありません」から「謝罪しようとは思いません」と言い切った人が、また「幼児でしたから…」という言葉で、もう一世代もたてば全日本人には責任がなくなるという態度をとっている人が、何を理由に、自分には責任追及の権利があると信じているのかという問題です。
11-11 18:42

⑪公開状を拝読しますと、結局「私も被害者だからだ、私は殺される側、抑圧されている側に立っているからだ、従って加害者を追及することは私の権利であり、義務なのだ」という言葉につきると思います。しかしこれは非常に恐ろしい言葉です。
11-11 19:12

⑫「私は殺される側に立って発言しているのだ」といえば、それは、その発言内容に反論する者を、必然的に「殺す側」に立っている者と規定することになります。とすると本多様への反論者はすべて、虐殺者か、その一味か、その手先ということになります。
11-11 19:42

⑬これは、本多様へ反論すること自体が犯罪だということになり、反論者は犯罪人とされます。人間の言葉で反論できない言葉はありません。また反論してならない言葉もありません。反論者を犯罪人の位置におく体勢をとること、これがナチズムの第一歩です。
11-11 20:12

①【正義とは「瀆(けが)れた布」】反論を犯罪だとすること、それはとりもなおさず「自分の言葉は正義だ、私は正義を口にしているのだから…」という事になります。しかし、そう考えたその時に、その人が瀆(けが)れるのだとイザヤは申しました。<『日本教について/イザヤ・ベンダサン』
11-11 20:42

②彼は非常に面白い表現を使っております、「われわれの正しい行ないは、ことごとく汚れた衣のようである」と。これは日本聖書協会の訳ですが、非常に下手な訳で意味がよく通じません。
11-11 21:12

③英訳はAll our righteousness are as filthy rags.(すべてわれらの義は瀆れた布切れの如し)で、ほぼこの意味ですが、原語はさらに強烈であって、この「瀆(けが)れた布切れ」とは、実は、月経時のあてぎれの意味です。
11-11 21:42

④従って、今の日本人に最も適切と思われる表現になおせば「人間の正義は使用ずみのアンネ・ナプキンに等し」となります。しかし意味はこの語感よりはるかに強い。というのは、古代にはいずれの民族にも、経血は人を瀆(けが)すという迷信があったからです。
11-11 22:12

⑤この瀆(けが)れは、それにふれた人を瀆(けが)し、さらにその人にふれた人を瀆(けが)す、というようにまるで伝染病のように広まるという迷信です。これは実に不思議な言葉です。
11-11 22:42

⑥というのはこの義(tsedaqah)とはtsadaqから来た言葉で、がんらいの意味は、(道徳的に)正しくないものを正す、また汚れたものを清める、という意味だからです。とすると「正すこと・清めることが、瀆(けが)すことだ」ということになってしまいます。
11-11 23:12

⑦本多様は「常に殺される側に立って発言している」、従って反論する者は「殺す側」に立っている犯罪者になる、そこで本多様はその犯罪人の悪を告発する義を口にしています。
11-11 23:42

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